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今回は意外な事実を記すことにする。実は鱧の旬は、夏場ではなく、まもなく冬を迎えるという11~12月初旬なのだ。では、いつから本物の旬がすり変わって夏になったのか?それは京にまだ都があった昔まで遡らなくてはならない。「旬はたまに嘘をつく」、そんな話を書いてみる。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
京の人が作った都合のいい話
鱧は京の山中に棲んでいる!?
夏になると、やたらと鱧がメニューに載る。それも当たり前で、世間では梅雨明けの鱧が旬とされているからだ。某酒造メーカーが経営する飲食店で由良(淡路島)の鱧を食べる食事会があった。そこでゲストスピーカーとして呼ばれた私は、思わず冒頭で「鱧の旬は夏じゃなく、秋なんですよ」と発してしまったのである。主催者側はびっくりしたであろう。何せ「旬の鱧を味わいましょう」と7月に催したわけだから。誤解を招いてもいけないので、このコーナーでははっきりさせておこう。鱧の旬は夏ではなく、11月ぐらいの、まさに晩秋がそれに当たる。
は、なぜ夏が旬と言われるようになったのか?それには京都の食が原因している。まだ交通なんてなく、歩いて旅していた時代の話。海のない京の都には、瀬戸内からか、日本海からか、人がその足で運び、魚が届けられていた。寒い時季や気候のいい季節だと、何の問題もないが、夏に入り暑くなると、どうしても魚が傷んでしまう。そこで生命力のある鱧を運ぼうということとなったのである。若狭から京までのルートで、今でも鯖街道と呼ばれるものがある。若狭で獲れた鯖がその道を通って運ばれた名残である。多分、そのルートのようなものがいくつか当時はあったのだと思う。京の山中に暮らす人は、鱧が山の中に棲むと勘違いしていたと聞く。これは京の町へ運ぶ途中、元気な鱧が箱から飛び出し、山中に残ってしまったため。普通の魚なら水がなければ、すぐに死んでいたのだろうが、生命力の強い鱧は死なずに地面を這っていた。まさに蛇の如くにである。それを見た人が、鱧は山の中にいると思ったそうなのだ。少しできすぎな逸話だが、江戸時代の知識はそんなものだったらしい。
鱧はウナギ目ハモ科の海水魚で、鰻同様に生命力があり、水から揚げても皮膚呼吸だけで24時間以上生きているといわれている。たとえ心臓が止まっても臓器はさらに長時間生き続ける。このことに京の料理人が目をつけ、夏になると鱧をやたらと用いるようになった。鱧は海底に潜って暮らしているために筋肉や背骨が強い。そして小骨も多い。京の職人(料理人)は、これを何とか美味しく食べようと、鱧の骨切りなる技術を生み出した。一寸の間に24回包丁を入れ、骨を断つように切っていく。皮と身の間、すれすれの所で包丁を止める技は、かなりの技術を要する。関西の和食の料理人は、大概この技術を習得しているが、鱧を食べる習慣がない関東では、職人といえど、出来ない人が多い。だから首都圏ではあまり鱧料理がメニュー化していないのだ。
秋に旬を迎えるには、それなりの理由がある
こう書いていくと、鱧が京の料理人にとって都合のいい魚だとわかってもらえるだろう。鱧の旬(夏)は、故あって京の料理人が作り出した嘘なのである。では、なぜ夏の時季に美味しく感じるのか?それは9月の産卵を控えて鱧が夏の時季にたっぷりエサを食べるからだ。そう思って考えると、あながち夏の旬は嘘とも言えなくもない。
ただ、本来の旬は晩秋に当たる。鱧は冬の間、冬眠に入る。熊と同じで一冬越すためにエサを沢山食べる。それがまさに晩秋の時季にあたる。日本では鱧の旬が夏であると誰もが考えているため、嬉しいことにこの時季は安価で取引きされている。それを通や漁場の人は知っていて密かにそれを味わっている。実は冬眠中の鱧も美味ではある。ただ冬眠しているためにめったに釣れることはない。たまには大きな音などにびっくりして起きてくる、それを漁師が稀に引き当てることがある。私が由良に行った時にその偶然に何度か出くわした。それはそれはご馳走で、脂が乗って実に美味だった。「名料理、かく語りき」でも書いたが、淡路島では2㎏以上の大物を地元の人のみが喰っている。骨切りが大変だからか、都会の飲食店では800gのものを理想として大物には見向きもしない。食のプロといえど、間違った理解をしてしまっているのだ。それをいいことに漁場では本当に旨い鱧(大物)を地元のみで消費する。やはり現地に赴かなければいいものは味わえないとは、こういうことを指しているのだろう。
ちなみに淡路島では夏でも鱧鍋を食す習慣がある。そもそも鱧鍋は淡路島が発祥。この島では玉ネギを入れて鱧しゃぶにすることが多い。夏の旬は嘘だと知りつつも、暑~い日にそれを食す醍醐味がある。勿論、クーラーが効いた冷え冷えの部屋であることは必須条件ではあるが…。