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2~3月は、酒粕プロジェクトの季節。今年も1月24日に「酒粕プロジェクト2023」のマスコミ向け発表会が行われ、シェフ達競演による酒粕料理の数々が披露された。今年の発表会は、史上初、10人のシェフが集う豪華版。女子大生考案の料理を含めると、全11品はコース仕立てで提供されており、集まった報道陣からは「全て旨い!酒粕料理がこんなにバラエティに富むなんて」の声が聞かれた。酒粕というと、粕汁に代表されるべく和のイメージが強いが、彼らの手にかかると、仏料理に伊料理、中華にスイーツ、カクテルと全ジャンルに活用できる調味素材となる。まさに可能性の広がりが実証された場でもある。各ジャンルのお店(参加店)では、「福寿」酒粕を用いて発表会で供された11品が2~3月の2ヵ月間提供される予定なので、ぜひ足を運んでもらいたい。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
酒粕料理を競った発表会!
「酒粕プロジェクト2023」いざ開幕
酒粕を餌にして「神戸元気サーモン」を養殖
今年も酒粕プロジェクトの時季がやって来た。同企画は、今から9年前に始まったもの。大手酒造メーカーが技術革新により高温糖化法を導入。酒粕からもまだ清酒が造れるようになり、そのために全体的な酒粕流通量が少なくなってしまった。加えて一般家庭でも粕汁などの酒粕料理を作らなくなったので、巷から酒粕文化がなくなりつつあったのだ。これを文化の危機ととらえ、酒粕の需要を促そうと始めたのが酒粕プロジェクトである。言い出しっぺは私だが、酒蔵の協力が必要となるため、いい酒粕を産していた神戸酒心館(清酒「福寿」をブランドとした灘の日本酒メーカー)に旗振り役を頼んで企画を進行した。初めは「さかばやし」(神戸酒心館の蔵内の日本料理店)と有馬温泉の老舗旅館「御所坊」との酒粕鍋対決なんて軽い乗りで打ち出したのだが、意外にもその内容や粕汁の地域性などが話題にのぼり、マスコミが面白がって報じてくれた。翌年からは神戸市内の飲食店がこぞって参加し、規模も大きくなって行うようになった。数年前からは神戸市内の店限定だった参加枠を取り払い、シェフの競宴を中心に兵庫県下・大阪府下まで参加枠を広げており、今や関西の冬の風物詩的な催しになりつつある。秋に参加料理人を募って新酒の産物である「福寿」酒粕を手渡しながらそのシェフごとに酒粕の使い方をじっくり考えてもらう。そうして出来上がった新作酒粕料理を1月下旬に催される酒粕プロジェクトマスコミ向け発表会にて披露してもらい、2~3月の2ヵ月間、各店舗でその料理を提供してもらうのだ。このようにしてマスコミ陣に対して毎年毎年新作を発表し、各メディアが取り挙げてくれるものだから、いつしか酒粕が流行の波に乗ってしまった。関西以外の地域でも酒粕を調理に使うようになったのと、和食以外のジャンルで活用し始めたのは、酒粕プロジェクトの功績だと思っている。
和洋中、スイーツ、バーの人達がこぞって参加してくれるようになり、酒粕料理にバラエティさが生じるとともに利用の可能性が広がった。今年も新しい料理を加えながら「酒粕プロジェクト2023」を進行しようとしたのだが、今ひとつ話題性が足らないかもと思った。そこで神戸酒心館から神戸市漁協の東サーモン部会へ酒粕を餌として活用してもらえるように働きかけてもらったのだ。今、全国各地でマスの養殖が盛んになっている。これらは〇〇マスと名づけずに△△サーモンと称して売り出すことが多く、その最たる成功例が宇和島サーモン(愛媛)ではなかろうか。よくマスは川魚ではないのか?と問われるが、ヤマメもマスも同じ魚で、海へ下らず一生川で終えるものを陸封型。川から海へ下って回遊し、産卵期に川を遡上するのを海封型として分類しており、その海封型をマスと呼ぶのだそう。このマスを川に遡上させずに海で養殖しているのが△△サーモンと称される多くのマスの養殖である。神戸市須磨区の漁業者で組織する東サーモン部会では、2021年に愛知淡水より約400gのホウライマス系ニジマスを須磨区の妙法寺川河口付近の養殖場へ持って来て神戸元気サーモンの養殖を始めた。東須磨サーモン部会を組織する漁師の一人・奥谷知生さんは、「その養殖場で餌をやって育てて1.5~2kgサイズまで成長されて出荷するのだ」と話す。兵庫県下では、養殖マスは、南あわじと姫路の二箇所があり、「それらと差別化する意味でも地元から出るものを使って餌にしてみようと考えた。その地元の産物が『福寿』の酒粕なんですよ」と管轄に当たる平磯海づり公園の大角充生さんも話していた。この試みは、まだまだ始まったばかり。酒粕を餌として与えることで、味に変化が出るとか、喰いがよくなるとかは、これからの検証になるそう。ただ、奥谷さんは「神戸元気サーモンは色が鮮やかで、味も濃厚。きっと将来の神戸の産物の一つとして成長してくれるのでは…」と期待に胸を膨らませていた。予定では、3月下旬から4月にかけて2kgぐらいのものが出荷できるらしい。「さかばやし」では、それを見越して3月下旬から4月にかけて神戸元気サーモンを用いた料理を提供する予定にしているようだ。同店・大谷直也料理長も「造りでも出せるし、焼物など色んな使い方をしてみたい」と言っている。酒粕プロジェクトがきかっけとなって地元(神戸)の漁業に酒粕が寄与できたことが興味深い。
ジャンルの異なるシェフが1テーマで集う
さて、「酒粕プロジェクト2023」は、例年以上の盛り上がりを見せつつある。ここ2年はコロナ禍で、社会全体が沈んでいたのと、マスコミ陣も感染を気にして飲食を煽るわけにはいかず、発表会には来てくれるものの、どことなく元気がなかった。メディア側でさえそうなのだから飲食店側は尚更である。今年はwithコロナの社会を想定して行動制限をもないから飲食店側もマスコミ陣も積極的な姿勢を見せており、反応がいい。ニュースリリースを送っても発表会が即満杯になるほど期待感が持てている。発表会に顔を見せた谷五郎さんらラジオのパーソナリティも「番組でしゃべりますよ」と言ってくれているし、2月1日にはNHKの夕方のニュースで酒粕プロジェクト絡みのネタを報じてくれた。酒蔵も飲食店もマスコミ陣も今年は、この冬の風物詩を一緒になって盛り上げようとの姿勢が見られるのだ。
「酒粕プロジェクト2023」の参加店舗は、かくの如き。列挙すると、「サヴォイオマージュ」(バー・花隈)、「吉乃屋松原」(和菓子・松原)、「新港TOOTH MART黒十」(和食・新港エリア)、「ニューラフレア旧居留地」(カフェ・旧居留地)「紅宝石」(中華・元町)、「ホテル日航関西空港」(ホテル・泉佐野)、「日本料理湯木」(日本料理・北新地)、「キュイジーヌ フランコ ジャポネーズ マツシマ」(フランス料理・北野町)、「Restaurant koo」(フランス料理・長野県軽井沢)、「北新地西洋料理店ふじもと」(西洋料理・北新地)、「ごはんやTasuke」(居酒屋・三田)、「YUZUYA A TABLE Ukita」(フランス料理・箕面)、「イルテアトロ」(イタリア料理・和歌山)、「お菓子工房くりの木」(洋菓子・大分県中津)、「神戸酒心館さかばやし」(酒蔵/日本料理・灘)の15店舗である。これらに「有馬せんべい本舗」(炭酸煎餅・有馬)、「六甲味噌製造所」(味噌・芦屋)、「Mizkan大阪支店」(調味料・大阪)、「泉佐野市役所農林水産課」(行政・泉佐野)、「大阪樟蔭女子大学学芸学部ライフプランニング学科フードメディア演習」(大学・東大阪)の企業・団体が参加し、バラエティに富んで、彩りよくこの催しを盛り上げている。
発表会では、まずシェフ達全員に登壇してもらい写真を写すのだが、ずらりと並ぶと壮観で錚々(そうそう)たる面々が参加してくれているのがわかる。彼らは1テーマ(酒粕)で各ジャンルの料理を披露するわけだ。これをコース仕立てにし、作った人の解説を加えながらマスコミ陣に提供して行く。和洋中料理、カクテル、和洋菓子と、一人一品ずつ作り手が変わってコース料理を食べることができる機会はまずないだろう。酒粕という共通項があるものの、ジャンルが変われば自ずと料理も異なる。他業態との交流もできるとあってシェフ達が面白がって参加しており、各々で酒粕の使い方の妙を競うのである。
当日供された料理は、以下の通り。カクテルから始まり、洋菓子で締めくくった。
① Dream Casu True(サヴォイオマージュ)
② 松波キャベツと豚頭肉のゼリー寄せ 焼き酒粕入りグリビッシュソース(ホテル日航関西空港オールディダイニング「ザ・ブラッスリー」×泉佐野市)
③ エスニック風シュリンプタルタル(YUZUYA A TABLE Ukita)
④ 酒粕ノルウェーサーモンの冷製テリーヌ 泉佐野産春菊のソース(西洋料理店ふじもと)
⑤ 割烹明石焼き(大阪樟蔭女子大学×さかばやし)
⑥ 神戸元気サーモンの焼物(東須磨サーモン部会×さかばやし)
⑦ 牡蠣の酒粕グラタン からすみ香煎掛け(ごはんやTasuke)
⑧ 酒粕の窯焼き焼豚(紅宝石)
⑨ 酒粕醤を使ったアクアパッツアと酒粕を練り込んで発酵させたフォカッチャ(イルテアトロ)
⑩ 平和への祈り~prayer for peace~(吉乃屋松原)
⑪ 酒粕テリーヌ(お菓子工房くりの木)
酒粕プロジェクトの常連組から新たな参加店まで、シェフ達が色々と考えた料理は素晴らしく、これが各店舗で2~3月の間に提供されると思うと胸が高鳴る。特に今回は関西以外(大分県)からも参加しており、年々このプロジェクトが拡大して行くのがわかる。
はるばる大分県からの参戦は、中津市にある「お菓子工房くりの木」である。同店のオーナーパティシエ・栗林良典さんは、昨年全国から洋菓子職人が集う全国技術コンテストにて若くして4位に輝いた強者(つわもの)。「ニュードラゴン」(大分)や「ナチュールシロモト」(京都)で修業をし、高級旅館「秘境 白川源泉 山荘 竹ふえ」(熊本)の初代製菓長を務めた。その後独立し、中津市で「お菓子工房くりの木」を営んでいる。もともと酒粕を調理に使う文化は関西中心のもの。全国に点在するものの、愛知以東、岡山以西ではほぼ見られなかった。九州の栗林さんも「酒粕になじみがなく、この味わいが従業員にもあまり受け入れられなかった」ようだ。彼はこの親しみのない味をガツンと出すのではなく、風味は生かしつつも独特の口残りをなくすように考えた。栗林さんが創作した「酒粕テリーヌ」は、チョコレートのテリーヌの中に酒粕とチーズ、くるみが入ったホワイトチョコテリーヌを射込んだもの。淡い甘さを好む関西人に向けてチョコレートの中にレモンの皮を入れて甘さを軽減。ホワイトチョコレートには酒粕を利かせ、刻んだくるみで食感をつけている。九州の醤油蔵から醤油かすをもらい受け、粉末化させてクッキーにし、テリーヌの土台部分に使っている。栗林さんによると「酒粕を用いることで、塩や砂糖など余物な調味料を減らす効果が出た」そうだ。ちなみにこの商品は、西啓一郎さんが運営する「ウエストトラック」とコラボしてネット販売するらしい。
「今まで伊料理に用いたことがありませんでした」と語るのは、「イルテアトロ」の神谷龍雄オーナーシェフだ(名料理、かく語りき第99回参照)。神谷さんは和歌山育ちなので粕汁などはなじみがあったろうが、酒粕がこれほどまでに伊料理にフィットするとは思わなかったようだ。「うちの自慢のフォカッチャがあるんですが、今回酒粕を用いてみると、思った以上に出来がよく、旧来のフォカッチャが『酒粕を練り込んで発酵させたフォカッチャ』に負けてしまいました」と本音をもらしていた。私が同プロジェクトのお誘いをかけたのは、実は彼の奥さん(松井容子さん)にである。初めは奥さんの方が大乗り気で、シェフに何の相談もなく参加を決めたようだ。神谷シェフは、和素材_、しかもあまり活用例のない酒粕をいかに使うべきかと頭を悩ませたらしいが、「使ってみてびっくり。伊料理にうまくこれほど活用できるとは・・・」と驚いていた。酒粕を使うことで塩分も減らす効果もあって和歌山のシェフ友達に「酒粕はいいぞ」と話しているという。
「イルテアトロ」の神谷シェフや「くりの木」の栗林パティシエは、口を揃えて「思わぬ酒粕効果が出た」と言っている。酒粕は、ざらめ焼きや粕汁、酒粕鍋が定番だが、意外にも和食以外で用いることができる_、そんな感想が聞けて、酒粕利用の可能性がさらに広がった今回の発表会であった。