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先日「さかばやし」(神戸酒心館内の日本料理店)で、鯛をテーマに食事会を行った。メインは、鯛のしゃぶしゃぶで、会席コースなので前後に数々の鯛料理を彩らせている。これまで鯛にターゲットを当てて来なかったのは、私があまり鯛を好まないからだ。由良漁港の橋本一彦さん(海幸丸水産)も鯛は淡泊すぎて好みじゃないらしく、それよりも鱧しゃぶや、穴子のしゃぶしゃぶに目が行ってしまうのだ。私も右へ倣えだったのだが、鯛の会席を食べてから少々嗜好が変わりつつある。やはり魚の王様で、そのしゃぶしゃぶは淡泊ながらも旨いのだ。だが、これは鮮度のいいもの、しかも天然ものを食べての見解と付け加えておこう。いい天然鯛を食べたことに気を良くして、今回は鯛の話にする。「腐っても鯛」「海老で鯛を釣る」などのことわざよろしく、やはり日本の鯛は高級魚なのだ。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
鯛が縁起ものになった理由は?
鯛は魚の王様!そんなことは誰が決めたのだろうか。このフレーズの鯛とは、多分真鯛をいうのだろう。真鯛は、歯応えのある白身で、淡泊ながらも旨みが強いと支持されている。他の魚に比べ、臭みや脂分などクセが少ないのもその要因だろう。だが、台湾では、正鯛とか、加臘と記され、決して高級魚の部類には入らない。オーストラリアも、大物の真鯛が釣れるらしいが、淡泊な味が彼らの好みに合わないとかで、その評価は低いのだ。
鯛が高級魚たる所以は、そのフォルムにもある。豊満なシルエットに、背ビレの勇壮さ、淡紅色といい、日本人に好まれる姿形をしている。赤い色がめでたいとされるので宴席にはぴったりなのだ。おまけに硬いウロコに覆われており、何となく鎧兜姿に見えもする。そういえば、頭を煮たものを兜煮と呼ぶ。武士が台頭した時代になると兜をイメージさせて、縁起ものに仕立てたのか。某人は、七福神のひとり、恵比須様が釣竿で釣り上げており、それだけでも「めでたい」として鯛が祝いの席に合う理由を述べていた。日本人と鯛とのつながりは、このように深い。縄文時代の遺跡からは鯛の骨が出ているし、「万葉集」には、鯛がすでに登場しており、「鯛を醤酢(ひしほす)で食べた」とある。だが、この時代は、まだまだ縁起ものではない。どうやら縁起ものになったのは平安時代ではなかろうか。そもそも鯛の語源は、その平たい形から「タイラウオ」といわれ、それが訛って鯛になったといわれている。鯛を縁起ものにしたのは、「めでたい」の語呂合わせ説と、「大位」にあてたとの説がある。中国の後漢時代の「説文」には“鯛を大位、鯉を小位”とすると書かれているそうだ。多分、言葉遊びが江戸時代に盛んになり、縁起ものとしてより活用されるようになったと思われる。魚は寿命が20~30年あるそうだが、鯛は50年も生きるといわれており、その長寿ぶりも縁起ものに繋がったのだろう。
鯛は、スズキ目タイ科の魚の総称で、真鯛の他にも黒鯛や黄鯛などが含まれる。地方によっては、「おめでたい」ものとして金目鯛を出す所もあるが、厳密にはそれは違うようだ。〇〇鯛と名のつくものは数多くあれど、実は鯛にあたるものは、国内では13種しかなく、しかもよく食べられているのはそのうち6種だけ。金目鯛は、目が金色に輝き、魚体が赤いことからそう呼ばれてはいるが、実はキンメダイ目キンメダイ科に属しており、スズキ目の鯛とは根本的に異なることがわかる。明石や淡路島、加太など鯛の有名な漁場・水揚げ港を背景にする関西は、昔から真鯛を獲って食して来た歴史があるために金目鯛にはあまり目が向かなかった。
金目鯛は、静岡(特に伊豆半島)でよく獲れるためにむしろ関東向けの“鯛”として活用されており、いつしか東国では「めでたい」ものの仲間入りを果たしている。それが近年、関西でもよく流通されるようになったからか、鯛の一種として一般的に語られるようになってしまった。伊豆半島にてブランド化が成功し、いつしかその価格も高騰。「めでたい」の仲間だと誤解されてもおかしくない状況になって来た。金目鯛には、他にナンヨウキンメやフウセンキンメもあって、これらが金目鯛(本キンメ)とは味が少々落ちるために切り身にして安価で売られている。やはり“タイ”と名のつくと、これらでも多少は売れ筋になるのだろう。
天然鯛と養殖ものの違いは?
ところで鯛は、今や他の魚との勝負もともかく、天然と養殖の違いをまず見分けねばならない。漁獲高でいうと、天然が15000tに対して養殖は67200tで、全体の8割が養殖といえよう。その産地は、1位が愛媛県で、2位が熊本県、3位が三重県となっている。九州に旅すると、「新鮮な魚ですよ」と料理で出て来るものが、養殖ものだったことに驚かされる。瀬戸内で、しかも明石や淡路島の近くで育っている私にとっては、「新鮮ですよ」は釣りたての魚_、つまり天然魚を指す言葉なのだ。漁業関係者に聞くと、天然鯛と養殖鯛を見分けるコツは大きさにあるらしい。永い年月生きている天然は大きく、短い期間で出荷する養殖は当然のことながら小さい。色も深場で暮らす天然は、白っぽい色やピンク色をしているのだが、海の生簀で泳ぐ養殖ものは、浅い所におり、日が差すからか、色が濃い。そしてヒレも天然の方がピンと立っているのだ。この三つかと思いきや、「鼻の穴が違う」と教えてくれた。天然が四つあるのに対し、養殖は二つ。但し、「必ずではない」とのことだった。食べてみると、その差は歴然とする。やはり天然は身が引き締まっていて美味しい。養殖ものはどうしても脂分があるのだ。
よく魚には、旬が二つあるといわれる。その代表的なものが鱧で、本当の旬は晩秋。冬眠を控えてせっせと餌を食べて肥えるのがその理由だ。夏の魚とされ、「梅雨の雨を吸って旨くなる」というのは眉つばものだが、夏の鱧も美味ではある。それは9月の産卵期を前に餌を沢山食べるから。なので鱧は晩秋と夏に旬があるといわれる。冬の味覚のふぐも蟹も、実は正反対の季節_、つまり夏も旨いのだ。鯛の旬は、春先の桜鯛と、秋の紅葉鯛。そんな名称がついているくらいだから、すでにご存知であろう。桜鯛は、産卵を控えて身体をピンクに染める。片や紅葉鯛は、ウロコの赤身が強くなる。越冬した桜鯛は、体が締まっていかにも旨そうだが、ただ栄養を腹の子に取られてしまう分だけ、旨みは紅葉鯛に負ける。5~6月に産卵した鯛は、食欲が旺盛でよく食べる。夏場になると、高水温で餌なる海老、蟹も活発に動き出すために、それらを食べて丸々と太っていく。だから鯛の本当の旬は秋にあるといわれている。桜鯛が持て囃されるのは、初ものと桜にちなむ縁起ものの要素が強いからだ。
和食の料理人は、「やはり鯛は塩焼きに限る」と言い、紅葉鯛のそれは天下一品であるという。でも私は、淡泊な塩焼きより、漁場で好まれるしゃぶしゃぶがいい。だしを張って食べる鯛すきも好みである。でも「タイスキ」というと、タイ料理が出て来るので要注意を。こちらは日本のすき焼きからその名を借用したもので、具材は肉や野菜、肉団子など。中央に煙突のある鍋で具材を煮てタレに漬けて食べる。あくまでタイ料理で、日本の鯛しゃぶや鯛すきとは異なるもの。ちなみにその発祥は、バンコクのコカレストランで、中華の火鍋を「スキヤキ」と称して出したことから来たそうだ。日本でてっちりや鱧しゃぶを提供する店は多いが、なぜか鯛しゃぶを出す所はそれらに比べ少ないように思う。魚の王様ならば、メニュー化されてもおかしくはないのに…。