101 2022年02月「御所坊」の前総料理長だった河上和成さんとはつきあいも永く、彼が「御所坊」の板長に就任してからだからもう何年になるのだろうか。その分、親交も深く、私の料理面のブレーン的存在でもある。河上さんからは、昨年11月に弟子が堺で店を出すので行って欲しいと言われていた。聞けば、湯浅醤油の商品を常用しているそうなので、このコーナーにぴったりとばかりに1月某日に取材に出かけたわけだ。「御所坊」「味菜」と料理の名門ばかりを歩いて来た古里静眞さんは、26歳という若き和の職人である。きちんとした師匠につき、料理を学んで来たからか、料理内容はしっかりしている。コースでは、小皿感のある一品一品が連続するが、20時半からのバータイムを見越してその料理雰囲気が酒のアテへと変身するのだから効率的でもある。そして「バーのような落ち着いた雰囲気の中で純和食を」とのコンセプトがわかりやすくていい。今回は特別料理ではなく、実際に出されている「今日は特別」と名付けたコースを紹介する。
静心 古里静眞
(「静心」店主)
「白醤油は、煮込んでも食材に
色がつかないので使いやすい。
それに一般的な白醤油より
塩分も少ないのがいいですね。
煮物はもとより、鍋のだしにと
気がついたらこの商品を
よく用いています」
堺東にできたバー的要素をを持った和食
「ものの始まり何でも堺」、これは新堺音頭でも唄われたフレーズである。堺が発展したのは室町時代。足利将軍家や管領の細川家が行った日明貿易の拠点となったことによる。応仁の乱以降は、兵庫に代わりその中継地として賑わって行き、日本史の中にその存在感を残した。宣教師のルイス・フロイスは、その著「日本史」の中で堺のことを“東洋のベニス”と書いているくらいだから、かなりの栄華だったと思う。
こんな書き出しをするくらいだから今回は、堺の飲食店を紹介するとわかってもらえるはずだ。昨年11月にオープンしたという「和食&バー 静心」は、堺市役所近くの翁橋町に位置している。翁橋というと、かつては南大阪屈指の歓楽街といわれた場所。コロナ禍もあってその賑わいは少しは下火になってはいるが、まだまだバーやラウンジ、スナックなども多く、ネオン街には違いない。「静心」は、南海・堺東駅から徒歩8分ぐらいのアトムビルの4階にある。ビルの向かいが堺市民芸術文化ホールで、ビルに「鉄腕アトム」が描かれているのでわかりやすいかもしれない。
「静心」を営む古里静眞さんは、堺の出身。大阪調理製菓専門学校を卒業して、有馬温泉の老舗旅館「御所坊」で修業をした。古里さんは、小学生の頃から家の食事の手伝いをしながら料理に興味を持っていたらしい。中学生時に親戚の寿司屋でカウンター内に立たせてもらい、その思いをさらに深めた。「寿司屋で食べさせてもらったトロの握りが衝撃的で、そのピンク色したネタは、これまで食べたマグロとは全く味が違っていたんです」と言う。時折り親戚の店を手伝っているうちに料理人としての道が見えて来たそうだ。「御所坊」に就職したのは、専門学校時代に当時、総料理長だった河上和成さんから声をかけられたから。自身も料理を覚えるなら旅館の板場がいいと思っていたので就職を即決したそう。「住み込みの方が修業らしいでしょ。『御所坊』は、それに適しており、ザ・修業と言うフレーズがぴったりだったんです」と話している。古里静眞さんは、河上師との出会いに感謝している。「御所坊」は全国的にも有名な旅館で、料理の良さには定評があった。河上師は、素材を全国各地に見に歩いて取り寄せ、一から手作りするこだわりよう。そんな手法が古里さんには合っていたのだろう。「御所坊」で二年間修業をし、北新地の割烹「味菜」へ移った。同店の坂本さんも「神田川」で料理を作り、その後独立した人で、かなりの人気割烹店に成長させている。河上さんといい、坂本さんといい、素敵な親方の薫陶を受けたからこそ、今の古里さんがあるのだろう。古里さんは、「味菜」の後に心斎橋の和食店で勤め、独立を果たした。「コロナ禍で大変でしょう」との私の質問に、「逆にコロナ禍の最中にオープンしたので、わからないのが実情」と言い、今はチラシをポスティングしたりしながら周囲の人に「静心」を認知してもらえるように努力していると話していた。オープンしてまだ日は浅いが、常連客も増え始めて店の形ができて来たそうだ。
「静心」は、6席だけの小ぶりな店舗である。以前スナックとして使っていた店を改装したせいで、その名残りが少しは残っている。そんな雰囲気もあって“和食&バー”としたようだ。基本的に料理は「プチ贅沢」(3300円)、「今日は特別」(5500円)、「静心の至宝」(7700円)の三つのコースのみだが、20時30分からはバー利用も可。その日のある食材で古里さんがおつまみを作ってくれ、それをアテに一杯飲ることも可能なのだ。古里さんは、小ぶりな利点を生かして貸切での使用も呼びかけている。貸切にする場合は、5名以上の利用で、コースのみ。要予約で受付けている。
「静心」のコースは、一番下の3300円の「プチ贅沢」で全7品。小ぶりな器に、色んなものが出て来るので、けっこうお腹いっぱいに。ちなみに「プチ贅沢」は、先付・割鮮・焼物・出巻・油物・飯物・水物という献立で、5500円の「今日は特別」では、出巻きまでは同じで、それ以降が小鉢・小鍋・〆物・水物と替わる。「静心の至宝」(7700円)になると、「今日は特別」に油物がプラスされ、全9品になるというわけだ。河上師の影響からか、素材や調味料に上質なものを使っている。小店舗ながらも材料を聞くと、「これは長崎産で、これは北海道産、愛媛に広島、茨城」と全国からの食材が用いられているのだ。なんでも仕入れている魚屋がユニークで、市場に赴かずとも店まで色んな食材を持って来てくれ、古里さんがその場で吟味しながら、その中から仕入れることができるのだとか。これなら一般的な配達と違って、料理人の目利きもできていい。面白い仕入れ法があるものだと感心した次第である。「おじさんが長崎で漁師をしており、その町では3月までいい平目が水揚げされます。平目祭りというのもあるそうです。直送してもらい、おじさんが釣った平目で調理を行うのも面白いでしょ」と話しており、古里さんの素材への思いは延々とつきないようだ。
小ぶりな料理の連続で、満足感を得る
さて、「静心」での具体的な料理を紹介しよう。本来なら湯浅醤油・丸新本家から商品を送っておき、それに則したメニューを考えてもらうのだが、「静心」では常に「白搾り」「樽仕込み」「ゆずぽん酢」を仕入れており、それらを用いて調味している。だから今回は5500円のコース「今日は特別」を紹介することにしよう。前述したように献立は一定しているものの、その日の仕入れた食材によって料理内容が替わる。よってここでは1月某日のものとなっている。
古里さんは、店を開くにあたって普段使いする調味料にもこだわりたかった。なので河上師に「いい醤油があれば紹介して欲しい」と言ったそうだ。そこで河上師が思い浮かんだのは、新古敏朗さんの存在で、湯浅醤油ならしっかり造っているし、彼の独創的な発想なら面白い商品群もあると、推薦したようである。早速、新古敏朗さんに河上師が電話し、古里さん宅に湯浅醤油の商品を送ってもらうよう手配をした。こう言った点を見ても河上さんの面倒見のよさが窺える。師匠といい、弟子といい、料理にひたむきで素材・調味料などのこだわりが強いことは同じなのだ。
「今日は特別」は、まず先付が出て来る。この日は三種の料理で、かぼちゃの煮物、バイ貝・がんもどき・梅麩・スナップえんどう、カリフラワーの明太子ソースである。古里さんによると、かぼちゃを炊くときに「樽仕込み」を、バイ貝などは「白搾り」を使って調味しているとの話である。「白搾りは、バイ貝などを地づけする時に使用します。鰹だし、みりん、『白搾り』で味を調えるんですよ」と古里さん。白醤油については、以前海鮮居酒屋でアルバイトしていた時に使っており、なじみがあったという。「御所坊」でも野菜などを煮る時に濃い色がつかぬよう用いていたそうで、湯浅醤油の商品ラインナップを見て、「白搾り」を見つけた時に仕入れようと決めたそう。「この醤油は、一般の白醤油より塩分少なくていいですね。旨みも倍くらいあるのではないでしょうか。だしの調味に用いても他のものとは全然違いますよ」と話している。白醤油は、何より色がつかないのが利点で、和食の職人は重宝する。特に淡い味を出す京料理は、濃厚な色が天敵で、白醤油を欲する傾向にあるのだろう。古里さんは、京料理ではないが、関西の日本料理職人なので思いは同じである。
二品目は、“割鮮”とあるが、いわば造りを指す。この日は、愛媛の鯛に、鯨ベーコン、北海道のタコ、長崎のイサキ、長崎の本マグロのカマトロである。ここにしらすが添えてあり、「ゆずぽん酢」を使った辛味大根を載せて食べる。造りは当然醤油に漬けて味わうのだが、ここでは「樽仕込み」が使われていた。「樽仕込みは、濃厚で色も濃いが、しっかりとした旨みがある」というのが古里さんの感想。「一般的な醤油は、醸造用アルコールが入っているんですが、これは桶で一年以上寝かせて熟成させて味を醸すそうです。一般的商品と比べると、3~5倍は寝かせている分、味がしっかりしていますよ」。安い醤油は、脱脂加工大豆を原材としているために独臭の匂いがするが、これは丸大豆で造っているのでそれがない。そういった点でも秀逸だと言っていた。
三品目は焼物で、この日はホッケの幽庵焼と親鶏のもも肉をスパイス焼きしたものが出ていた。古里さんは、スパイスは自分で調合するそうで、ここではクミン・タイム・カイエンペッパーを合わせて肉にまぶし、焼いていた。この二品の他に蘇(古代のチーズと呼ばれている)、宮崎の金柑、徳島の神山椎茸、長崎の雲仙ハム、蓮根の甘酢漬けが添えてある。ちなみにここでの湯浅醤油の出番は、幽庵地を作る際に用いる「樽仕込み」だ。
四品目は小鉢で、自家製燻製シーチキンである。五品目が古里さん自慢のだし巻きで、これは「静心」の名物になっている。古里さんは、だし巻きを特徴的料理として売って行きたいらしく、会席風献立にも関わらず、全てのコースにこれを入れている。「私が料理修業の中で、まず初めに覚えたのがだし巻きなんです。学生時代はアルバイトでそればかり作らされていましたし、『御所坊』に入ってからも朝食があるので必ずだし巻きは作ります。これまでの人生の中で、だし巻きを作った量は凄いんじゃないですかね」と笑っていた。そういった経験からコースには必ずこれを挿入しようと思った。その分、この料理へのこだわりも強く、美味しく仕上げるには、きれいな色でふわふわに焼くことと付け加えている。私も味わったが、軽く上品な味わいで、旅館での一品を彷彿させていた。
六品目は、主菜に行く手前で味をさっぱりさせる役割を持つ。この日は生のクラゲで、「樽仕込み」を使った三杯酢漬けになっていた。
七品目がメインディッシュとなる小鍋。小鍋とは名ばかりで、しっかり量がある。鰆、鮭(茨城産)、牡蠣(広島産)、鯛(愛媛産)の魚介類に、白菜、しめじ、なめこ、神山椎茸、舞茸、白葱の野菜類で寄せ鍋にして食べる。ここでのだしは、昆布、鰹をベースにして、「白搾り」、みりん、塩で調味して作っている。締めは、鍋のだしを使っての雑炊か、素麺で仕上げを。古里さんは、島原素麺がお気に入りで、その細みが締めにぴったりだと話す。
「うどんなら多少ヘビーな感じが否めないので素麺にしている」らしい。これが八品目で、最後の九品目はフルーツと、チョコレートが入った蘇が出ていた。
蘇については、少し話を付け加えていた方がいいだろう。蘇は、飛鳥時代から平安時代まで作られていた乳製品の一種で、牛乳を加熱し、固形になるまで煮詰めて作る。大昔は、これをタンパク源にしたのだと思われる。貴族が食べ、それによって活力をつけたのか、蘇えるを意味した料理名がつけられている。河上師は、「御所坊」時代に蘇に着目し、先付や八寸のなかに入れていた。作り方は牛乳を煮詰めるだけと単調だが、絶対焦がしてはならず、水分を全て飛ばして固形化するのが難しい。河上師は今でもこれをよく作るという。プレーンだけでは特徴がないので栗を入れたり、酒粕を加えたり、時には有馬らしく山椒を挿入して、牛乳の甘さの中にピリッとした辛みを加えたりもしているようだ。古里さんも師匠に倣ったのであろう、献立の中に蘇を多用していた。写真は古里さんが作った蘇のバリエーション。左が栗の甘露入りで、真ん中がチョコレート使用、右が苺パウダーを混ぜて作っている。
「静心」の一品一品は、小皿感があってコースとして色んなものを味わうスタイルになっている。材料の仕入れも大変だろうし、仕込みにも手がかかる。でも彼は、自分の店を開くにあたって小皿でちょっとずつ色んなものを味わえるようにしたいと考えていた。だからいくら大変だろうと、「やりがいがある」と言う。この小皿感がバータイムにはいきるようで、酒のいい当てになるのだそう。20時半以降は、コース以外にもバー利用ができ、古里さんの作る一品料理を目当てに一杯飲りに訪れる人がいるそうだ。「バーのような落ち着いた雰囲気の中で純和食を」、これが「静心」のコンセプトらしい。名門ばかりを歩いて来た和食職人が作るちょっとした贅沢_、それが味わえる店が堺にできたことが喜ばしい。
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<取材協力>
静心
住所/大阪府堺市堺区翁橋町1-9-15アトムビル4階
TEL/070-8528-1962
営業時間/17:00~24:00
休み/日曜日
メニューor料金/
プチ贅沢 3300円
今日は特別 5500円
静心の至宝 7700円
※コースは要予約で、17:00~21:00。バー利用は20:30~24:00で、できたら予約するのがベスト
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。