116 2023年05月 湯浅醤油の商品群に異彩を放つものがある。一般的な醤油や味噌とは違い、明らかにジャンルが異なるのが「カカオ醤」なのだ。この調味料は、世界初のチョコレート醤油で、金山寺味噌のたまりから造った醤油に、ローストして焙煎香を含ませたカカオを漬け込んで造っている。カカオ豆を用いているからだろう、甘い香りを漂わせ、砂糖を使っていないのになめると、一瞬甘いと錯覚する(決して甘くはなく、しょっぱさを有す)。そんな異質な醤油をプロの料理人達が注目。こぞって使い、自分なりの表現法を模索している。今回登場する「ホテル日航関西空港」の井口晃一総料理長と北田利明料理長もそんな行動を伴う料理人である。今年2月に同ホテル内の「ザ・ブラッスリー」で行ったカカオフェアと、4~5月にコース内に組み込む「桃李」の料理を事例として彼らの「カカオ醤」で料理に対する表現法を紹介することに。さて二人の料理人は、いかに「カカオ醤」で料理に対する表現法を紹介することに。さて二人の料理人は、いかに「カカオ醤」で料理を作ったのか。とくとご覧あれ。
オールデイダイニング「ザ・ブラッスリー」&中国料理「桃李」 井口晃一&北田利明
(ホテル日航関西空港総料理長&同ホテル「桃李」料理長)
「どことなく豆鼓に似た印象を
得たので、海老や鯛などといった
淡泊な素材で表現してみました。
『カカオ醤』は、クセがあって
チョコレートにも似た香りを楽しむ調味料。
久々に頭を悩ませ甲斐のある、面白いものに出合いました。」
発売前から注目して使用法を創作した洋のシェフ
湯浅醤油(有)の「カカオ醤」が第9回ものづくり日本大賞の経済産業大臣賞に輝いた。同賞は、日本の産業・文化の発展を支え、国民生活に貢献して来たものづくりを継承。新しい事業環境にも対応しながら発展して行くために第一線で活躍する各世代から特に優秀と認められる人を表彰する制度。第9回となる今回は、内閣総理大臣賞が2件(11名)、経済産業大臣賞が13件(59名/1団体)、優秀賞28件(144名/1団体)が選ばれている。受賞者を見ると、日立製作所やシャープ、マツダと大手企業が居並ぶ中で、“世界初!醤油発酵技術をカカオに応用「チョコレート第5次革命”カカオ醤”」として湯浅醤油(有)新古敏郎さんが仲間入りしているのだ。「カカオ醤」は、2020年1月に発売されるや、話題になり、発売日に大半がなくなり、2月14日までに売り切れてしまった曰く付きの商品である。その名の通り、カカオ豆を使った醤油で、チョコレートのような風味を醸す珍しい調味料。「同じ発酵食品なら融合させて醤油ができないか?」との新古敏郎さんの変態的発想(?!)から生まれた商品である。三年間カカオの産地であるベトナムに通い、試行錯誤の末、ようやく誕生したもので、香ばしいチョコレートのバルファムと醤油の持つ豊かな旨みが合わさっている。カカオ豆を使っているせいか、口に入れるとほんのりチョコレートの風味が漂う。チョコレートのように砂糖を用いていないのだが、なぜか一瞬甘みを覚える。これは、私達がこれまでチョコレートを食べて来て、その風味が記憶に残っているからだろう。当然、砂糖は使っていないのだから甘いわけではなく、醤油のように塩味を有すもの。但し、カカオ要素が加わるので、一般的な醤油とは全く別物の味構成になっている。発売当初から多くの料理人がこれに興味を持ち、使い方の妙を競うかの如く「カカオ醤」料理を発表し続けているのだ。
関空に隣接している「ホテル日航関西空港」の井口晃一総料理長もそんな一人。彼は発売前の試作品段階で新古敏郎さんから「カカオ醤」をもらい受け、いち早くそれを使って試作した。その時の模様が「名料理、かく語りき」の第87回に載っている。この時に作った「鴨胸肉の低温調理 熟成パプリカソース」は「カカオ醤」と鴨だしを合わせたソースにし、それをかけた一皿だった。
その後も井口総料理長は、事あるごとにこの新しい調味料に目をつけ、色んな工夫を重ねて来た。これがきっかけではないだろうが、今年の2月にオールデイダイニング「ザ・ブラッスリー」でカカオフェアを企画しているのだ。「ザ・ブラッスリー」は、多彩な料理が食せるブッフェが売りである。同ホテル営業部の高橋直樹さんによると、〇〇フェアと題し、そのテーマに合わせた料理で彩る点も人気の秘訣。二ヵ月くくり、もしくは一ヵ月でテーマを替えて行うらしい。そんな一つが今年(2023年)2月のカカオフェア。バレンタインデーがあることを意識して井口総料理長が提案したらしい。「料理にカカオと題されてもわかりにくいのでは…との意見もあったんですが、まずこの手の企画をやっている所はないですし、やってみないとわからないとばかりに実行しました。蓋を開けてみると、お客様からの反応が良く、一般的に2月は売り上げが落ちるのが常といわれていますが、結果的に落ちずにいい成績を残せました」と井口総料理長は語っていた。その時のブッフェメニューは、40種ぐらいある中に、ほぼカカオが何らかの形で用いられていたようだ。「カカオと聞くと、デザートの印象を持ちそうですが…」の私の問いにも「仏料理では煮込みにチョコレートを用いることもあるので、意外と色んなものに使うことが可能なのです」と答えてくれた。彼の話では、カカオやチョコレートは魚でも肉でも合うし、隠し味やコクを出すのにも使える。「だからそんなに苦労はしない」との話であった。「カカオやチョコレートは種類が多いので、似通った味にはならないんですよ。風味づけにも使えるし、コク出しにも適応する。例えば、トマトソースにカカオパウダーを入れてコクを出すなんて調理法もありますからね」。この時は、揚げる、煮る、焼く、コール(冷菜)と色んなパターンでカカオ料理を表現したそうだ。
この時の「ザ・ブラッスリー」では、店内にいつものようにズラリと料理が並べられ、そのなにがしかにはカカオを用いて調理されていたものが並べられた。その中でもオープンキッチンで提供する四品は、このフェアを代表する_、いわば売りの料理。その中に「カカオ醤」を使った一品が入っていたという。
「カカオ醤」の個性を熟知した井口総料理長がカカオフェアのために考案したのは、「ポークプロシェット カカオ醤でマリネしたカカオ際立つ数種のスパイスマリネ」である。この料理は、豚肉を「カカオ醤」のベースのソースで一晩マリネし、それを野菜と一緒に串に刺してオーブンで焼き上げたものだ。この時のソースは、「カカオ醤」、ケチャップ、マーマレード、醤油、卸し玉葱で作っており、甘みのある味になっていた。「以前、発売前にサンプルでもらった時に肉を焼いて『カカオ醤』を載せて出したのですが、うまくマッチしたのを覚えています。今回は、ストレートに使うのではなく、ソースにしてみようと思ったんですよ」。井口総料理長は、「カカオ醤」を用いると、旨みと風味、コクがアップすると説明している。「入れたら、味が変わるのが面白い」とも言う。例えば、生魚のカルパッチョを作ったとする。「カカオ醤」は焼いたものにも合うが、生でもいい。それを載せてちょっと油をかけるだけで十分その良さを発揮するらしい。「醤油がベースなので魚に使うといいですね。今度は『カカオ醤』でパンを作ろうかとも考えているんですよ」と話していた。当然、このフェアで出した「カカオ醤」でマリネした豚肉のプロシェットは、好評だったようで、井口総料理長も新しいこの調味料への手応えを感じていた。
豆鼓をイメージして中華の「カカオ醬」料理を創作
「ホテル日航関西空港」で「カカオ醤」に興味を持っているシェフは一人ではない。「ザ・ブラッスリー」と同じフロアにある中国料理「桃李」の北田利明料理長もそうである。「桃李」については、過去に二回(第92回と第103回)このコーナーで紹介しているので店舗特性については、その時のものを読んでもらいたい。ただ北田料理長は、濃い・辛い・油っこいという中華のイメージを変えたいと常々言っており、食材もなるべくなら近隣から仕入れ、素材の味をうまく出すように心掛けている。なので「桃李」は、広東料理に基本線は置いているものの、そこにこだわりはなく、万人受けするようにアレンジし、遊び心を加えながら個性的な料理を提供している。北田料理長が「名料理、かく語りき」の取材をきっかけにして調味料に変化をもたらした。それは仕入れが少々高くなろうとも醤油類を大手メーカーのものから湯浅醤油の商品に替えてしまったことだ。特に「樽仕込み」を塩角がなくて食材の味を出すのにふさわしいと言い、ベースの味に持って来ている。そればかりか、コース料理の「鳳凰」に“湯浅醤油商品を使った王道コース”と副タイトルを付け、同蔵で産する数々の商品を多用している。よく取材に訪れた店が、それを機に調味料を湯浅醤油・丸新本家のものに変更するケースを目にするのだが、その一例とでもいうべき店であろう。それほど北田料理長は、湯浅醤油に惚れ込んで使っている。前出の高橋さんの話では、「最近、桃龍コースがよく出るらしく、その中に含まれる『国産伊勢海老の湯浅醤油・紀州金山寺味噌入りにんにく蒸しソース 湯浅醤油ゆずポン酢ソース添え』は、ことさら人気がある」そう。何を隠そうこのメニューは、新古敏郎さんもお気に入り。飲茶の食べ放題を注文しておきながら、この料理も一品に追加するくらいだとか。
湯浅醬油を多用する「桃李」なのだが、なぜかこれまで「カカオ醤」が北田料理長の手に回って来なかった。これは私の憶測だが、井口総料理長の所で止まっていたのではなかろうか(笑)。それほど井口総料理長は、この新しい調味料を気に入って使っている。今回、この取材もさることながら「桃李」では5月の「鳳凰」コースに「カカオ醤」を用いてメニュー化することが決まっていた。その一品が今回取り挙げる「和歌山産足赤海老と紀州梅まだいの焼き物 カカオ醤ソースがけ」である。この料理は、タイトルからわかるように和歌山県産の足赤海老と梅まだい(真鯛)を使ったもので、足赤海老は蒸し物にし、梅まだいは片栗粉をつけて揚げている。
北田料理長が、初めて「カカオ醤」を手にした時、どのようにこの個性を出そうかと悩んだそうだ。炒め物には難しいと考え、蒸し・揚げ物に使ってみたという。「この新しい調味料は、個性が強く、香りを楽しむべきもの。クセが強いだけにクセの強い素材と合わせようかと思った」そう。ただ考えているうちに淡泊なものに合うとわかり、海老・真鯛というああっさりした食材を使ってみたのだという。「なめた時に瞬間に豆鼓だと思ったんです」と北田料理長は、中華でよく使う調味料の名を挙げてくれた。豆鼓は、黒豆に塩や麹、酵母などを加えて発酵させて造る。旨みや香りがあり、強い塩味があって確かにクセもある。クセが強いという共通点から「カカオ醤」と豆鼓の個性を合わせたのかもしれない。そう思ってこの料理を食べると、そんな印象も抱く。だから足赤海老の蒸し物にフィットするのだろう。この料理では、「カカオ醤」と豆板醤、にんにく、スープ、オイスターソースを合わせて中華らしいソースを作り、それを二品の上から掛けているのだ。多少、他の調味料と合わせるのでその個性が薄まると考えた北田料理長は、皿に「カカオ醤」をちょっぴり塗って出して来た。彼曰くこの部分が「追いカカオ醤」らしい。
今回は、「カカオ醤」を用いたメニューを一品だけ作ったが、「この活用法については、これからじっくり考えたい」としている。その一例として炒飯に用いてみたらしい。すると、独特な香りを放ち、味にパンチが出たそうだ。「にんにくを入れてみたが、それが必要ないことがわかった」と言う。私もそれを聞いて個性派同士でケンカしてしまうのかもしれないと思った。
実は、以前新古敏郎さんが来た時に試しに「カカオ醤」を使った料理を7~8品出したらしい。その中で一番ウケがよかったのが、白身魚と海老で作ったもの。それを旬を考慮して今日は足赤海老と紀州梅まだいに替えた。共に和歌山素材で、食材の淡泊さに「カカオ醤」のクセの強さが合致したのだろう。
前述したように「桃李」では、湯浅醤油の商品を使いながらコース内の献立を構成している。例えば、4月の「鳳凰」コースには、「海の幸三種と彩り国産野菜の湯浅塩麹の紫蘇にんにく炒め」があったし、同月の「桃龍」コースには、「黒毛和牛ロースと彩り国産野菜の湯浅樽仕込み醤油の甘辛ソース炒め」が含まれていた。北田料理長の話では、5月の「鳳凰」コースには先の「カカオ醤」料理が入るとともに、「なにわ黒牛の牛バラ肉の湯浅樽仕込み醤油の柔らか煮込み」も含まれるという。そこでこれらの三品についても作ってもらうことにし、試食したので一応解説を付けておく。
まず「海の幸三種と彩り国産野菜の湯浅塩麹の紫蘇にんにく炒め」は、「塩麹」と大葉、にんにくで、海鮮と野菜をあっさりめに炒めたものだ。北田料理長は、大葉とにんにくを炒めるのが大好きで、これらがとがっているので甘みが強い「塩麹」を用いることでうまく調和させたという。「他社の塩麹は、塩分が勝ってしまっているのでいつも砂糖を足すのですが、湯浅醤油のそれは甘みがあるので砂糖を用いる必要がないんですよ」。この「塩麹」が利いているからだろう、程よい味に仕上がっていると思えた。
「なにわ黒牛の牛バラ肉の湯浅樽仕込み醤油の柔らか煮込み」は、阪南市で飼育されている「なにわ黒牛」を使っている。なにわ黒牛は、雌牛にこだわり、出荷まで30ヵ月かけて飼育している。月に5頭しか出荷できないという希少肉でもある。北田料理長は、「せっかく使うなら地元のものを」と、泉佐野市近隣の阪南市産の牛肉を使用するようになった。2ヵ月前に牧場にも赴き、取材をしながら使うことを決めた。「脂が軽く、融点が低いのが特徴だ」とも話していた。今回はこのブリスケを揚げて、醤油ベースで4~5時間かけて煮込んだ。勿論、ここには「樽仕込み」が使われている。「普通ならカットしてまぶしてから揚げる所を今回は生のまま揚げて、それを時間をかけて煮込んでいます」。「樽仕込み」を使うことで余計な工程が省かれるらしく、4~5時間煮ることで味に深みが出ると教えてくれた。
「黒毛和牛ロースと彩り国産野菜の湯浅樽仕込み醤油の甘辛ソース炒め」は、北京料理の代表的な宮保(クンポウ)の調理法を用いたメニュー。まず鷹の爪とにんにくを入れて油に移し、タレを加えて炒める。このタレは、「樽仕込み」、酢、砂糖、紹興酒、少しの水で作っている。酢豚と同じような味だが、初めの工程(鷹の爪とにんにく)で辛みが出ている。その点が酢豚と異なるのだ。
このように湯浅醤油商品でうまく調味しながら北田料理長のこだわりと技術が加味されて「鳳凰」「桃龍」の一品一品が作られて行く。単に醤油を使うのではなく、あえて「樽仕込み」を使う、「塩麹」を使うからこそ、「桃李」らしい味が出来上がってくるのだろう。そんなことを思いながら一品一品を試食させてもらった。「桃李」の北田料理長といい、「ザ・ブラッスリー」の井口総料理長といい、このホテルには料理の猛者(もさ)が存在する。彼らは、今後も色んなテストを重ねながら「カカオ醤」にふさわしい料理を創作してくれるに違いない。
-
<取材協力>
オールデイダイニング「ザ・ブラッスリー」&中国料理「桃李」
住所/大阪府泉佐野市泉州空港北1 ホテル日航関西空港2階
TEL/072-455-1120(レストラン予約直通)
HP/ 公式HPはこちら
営業時間/「ザ・ブラッスリー」
朝食7:00~9:00、ランチ11:30~14:30、ディナー17:30~20:30 ※ディナーは土日祝日のみ営業
「桃李」
ランチ11:30~14:30、ディナー17:30~20:30
休み/「ザ・ブラッスリー」月曜日 「桃李」水曜日
メニューor料金/
「ザ・ブラッスリー」
土日祝日のブッフェの利用
大人(13~64歳) 5300円
シニア(65歳以上) 4900円
子供(7~12歳) 2800円
子供(4~6歳) 1000円
平日のブッフェの利用
大人(13~64歳) 3000円
シニア(65歳以上) 2800円
子供(7~12歳) 1800円
子供(4~6歳) 1000円
「桃李」
コース「鳳凰」 13500円
コース「桃龍」 17500円
コース「桃李」 25000円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。