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日本酒は、そのまま飲むべきだ!_、そんな保守的意見が罷(まか)り通っているのは、わかる。なぜならそれを完成品として造り手が製造しているからだ。そんなご尤(もっと)もな意見は横に置くとして、私は日本酒カクテルがもっと一般的に普及するべきだと思っている。日頃あまり日本酒を飲まない女性や、ましてや外国人にとっては、それが導入口となり、次第に日本酒の良さに芽ばえるケースもあるからだ。今年の5月に灘の日本酒蔵において日本酒カクテルの食事会が催された。メインは料理よりもカクテルで、それを〝世界のモリサキ″が作るとあって注目を集めた。実をいうと、この企画は三年越しで、「サヴォイオマージュ」の森崎和哉さんが世界大会で好成績を挙げたことによる凱旋イベントでもあった。「日本酒はそのまま飲むべき」との定説を覆した「SAKEカクテルを楽しむ会」の全貌をレポートしよう。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
日本酒蔵もバーも開港(?!)すべき
2023年5月16日に日本酒蔵でちょっと変わった食事会が催された。タイトルは、「FUKUJU SAKEカクテルを楽しむ会」。文字通り日本酒カクテルをベースにした食事会である。そもそも同催しは、神戸・花隈にある「バー・サヴォイオマージュ」の森崎和哉さんが21年に日本一を獲ったことから始まる。バーテンダーの公式大会である「全国バーテンダー技能競技大会」は、年に一度、全国各地に会場を定め、全国から選りすぐりのバーテンダーが集って行われる。バーテンダー達はその技術はもとより、創作カクテルで腕を競う。各地で予選があってそこを勝ち抜いたバーテンダーが全国大会へ駒を進めるという、彼らにとって憧れの舞台なのだ。森崎さんは、そんな大会の常連組。予選は当然のように毎年勝ち進み、全国大会には出場するのだが、本大会では2位や3位にとどまっており、念願の全国制覇はまだだった。そんな森崎さんが新潟で開かれた第48国全国バーテンダー技能競技大会にて総合優勝を果たしたのだ。ちなみにこの時の森崎さんの成績は、フルーツカッティング部門1位、課題カクテル部門2位、創作カクテル部門1位、ベストテクニカル賞、ベストテイスト賞を獲得し、好成績で総合優勝を勝ち獲っている。「神戸酒心館」ともつきあいが深く、以前より日本酒カクテルを研究している森崎さんが日本一になったのだから、その手のイベントを同蔵内の日本料理店「さかばやし」でやろうとの声は、蔵関係者からは出ていた。ところで前年度優勝者は、翌年世界大会へ出場する権利を持つ。それを控えてのイベントで、ましてや創作日本酒カクテルを披露するのは、時間的に猶予がないと森崎さんから申し出があったのである。2020年や2021年はコロナ禍で、2021年は世界大会も中止。2019年優勝者が世界大会へ出場できずにいる。ならば2019年優勝者の山﨑剛さんと2021年優勝者の森崎さんを競わせて2022年のキューバでの世界大会出場のチケットを渡そうとなれば、尚更ハードルがもう一つ増えることになる。森崎さんの目の色が変わるのも必至で、その準備に時間が削がれたのもわかる。森崎さんはそこでも前回の(2019年)覇者を下し、晴れて11月のキューバ世界大会(ワールドカクテルチャンピオンシップ・キューバ・バラデロ2022)へ日本代表として臨んだのである。森崎さんは、キューバの世界大会でも好成績を収める。スーパーファイナル進出こそならなかったが、8部門中2部門において世界一を獲得したのだ。セミファイナルで行われたknowledge(学科試験)でも1位になり、KNOWLEDGE SKILLS AWARDを獲得。そしてロングドリンク部門でも1位に輝いている。日本一になった時に「神戸酒心館」でのイベントを企画した際は「世界大会があるので遠慮したい。世界一を獲得して帰って来たら、その時はお願いします」と言っていたが、その言葉が現実になったのである。
森崎さんは、これまで日本酒カクテルを研究して来たと書いたが、そのきっかけは私にある。2017年に神戸は開港して150年目を迎えた(神戸港開港は幕末の慶応3年12月7日である)。その何年か前から開港150年を記念した企画が持ち上がっていた。その一つにあやかればとばかりに私が考えたのは、日本酒とバーの開港(?!)である。日本酒カクテルは存在するものの、その普及は一般的ではない。バーテンダーがそれにあまり取り組みたがらないこともあるし、日本酒メーカーが「日本酒はそのまま飲むもの。要らぬもので割る必要があろうか」との考えが根づいていたこともある。一方、日本のバーは洋酒ありきで成り立っており、日本酒を棚に置いている店はほとんどない。外国人からすれば、日本=日本酒で、訪れたバーでそれを飲みたいと思ってもなぜか日本酒がないのだから驚かされる。外国人には不思議に思えてならないだろう。そんな事情から開港150年を前にした神戸で、その普及をしようと考えた。「あなた方は、平成の世においてまだ開港をしていない。それはもはや攘夷運動をしているのと同じである!」と日本酒蔵とバーに企画を持ち掛けた。面白がってくれたのは、「神戸酒心館」の久保田博信副社長で、「海外向けに我々は日本酒を売っているが、いくらそのまま飲むのがいいと言ってもこれまでに経験のない外国の人には辛いであろう。ならばカクテルにしてでも導入口を広げたい」と私の企画を推し薦めてくれた。酒メーカーが決まったなら、あとはバー。そこでサントリーのバー連載での取材にて出会ったユニークなバーテンダーをピックアップしたのである。白羽の矢が当たったのが、「サヴォイオマージュ」の森崎さんで、彼もまた日本酒カクテル制作に意欲を示してくれた。
カクテルの世界では、これまでも日本酒カクテルは存在しており、外国でもそれらを提供するバーテンダーはいた。日本酒・ライムジュース・レモンジュースで作る「サムライ」もそうだし、日本酒・ライムジュースの「サムライロック」もそう。日本酒・ソーダの「サケハイボール」だってスタンダードになっている。洋酒やリキュールに比べれば、日本酒はアルコール度が低い。上品な淡麗タイプよりは、少し粗め(?)の日本酒で作る方がカクテルには向いているとの考え方がバーテンダーには根強かった。森崎さんもそう思って当初は本醸造でチャレンジすべきと思っていたらしいが、久保田副社長が「せっかくやるならうちの製品を自由に使って下さい」と全種類を送ってくれたそう。そこには、高価な「福寿純米大吟醸」など上品な味のタイプのものまで含まれていた。森崎さんは、色んなタイプの酒(福寿)で試したところ、これまでの定説が間違いだと悟った。「いい酒をベースにすれば、いいカクテルができる。そこでは大吟醸、吟醸、純米酒、本醸造の壁はない」と話していた。かくして誕生したのが「こうべの波音」「オータムルージュ」「クリスティア」「神戸MOGA白」といったカクテル。特に「こうべの波音」は、「福寿純米吟醸」をベースにしたもので、神戸の海をイメージして創作している。森崎さんは、「福寿純米吟醸」を味わった時に「乳酸菌ができるようなイメージでクリーミーな感じがした」と言ってフレッシュパイナップルの搾り汁やブルーキュラリーと合わせ、トロピカル調に作っている。ブルーキュラソーを多めに使用すると、青にはなるが、それでは日本酒の味を消しかねないと少量に控えた。なので海といっても碧。逆にその方が今の神戸港には適していたと思われる。「福寿」×「サヴォイオマージュ」のこのコラボ企画には約一年を費やしている。なのでその発表は、2016年の秋になった。実は、私は開港記念日を読み間違えていたのだ。幕末にあたる、1868年に開港したのだから、150年目は2017年になる。それを先走って一年前に発表した。結局、灘の日本酒メーカーと神戸のバーは攘夷の考え方を捨て開港したものの、それは149年目の秋のことだった。何となく私らしい笑い話でもある。
四杯のカクテルが彩った和食会席
話を今年に戻そう。森崎さんが世界一を見事獲得して凱旋帰国したのが2022年11月。それからこの日本酒カクテルの食事会を企画し始め、実施日を2023年5月16日と定めた。「サヴォイオマージュ」には、例の開港149年目(笑)企画以来、数多くの日本酒カクテルが生まれており、バーでは「福寿純米吟醸」や「福寿純米酒御影郷」が常備している。イベント当日は、それらのレシピから「さかばやし」でも提供できそうなものを選んだ。当日供されたのは、①Dreams Casu True(ドリームス・カス・トゥルー)②春風breath③夏色swing④歌恋Autumnの四杯である。ベースとなる日本酒については①が「福寿酒粕」を、②が「福寿純米酒御影郷」で、③が「福寿純米吟醸」、④には「福寿大吟醸」が使われていた。
最初の酒である「ドリーム・カス・トゥルー」は、今年の酒粕プロジェクト参加作品で、森崎さんが取り組んで来たシュラブとの融合を打ち出したもの。酒粕プロジェクト発表会に訪れたマスコミ陣からはかなり評判がよかった。ドリンクイメージがない酒粕をいかにカクテルに使用したかという作り手の妙を楽しんで欲しいと一発目に持って来た。次の「春風ブレス」は、作り方が簡単で、かつ日本酒の良さが出たものである。「福寿純米酒御影郷」を60mlほど使い、エルダフラワーの香りを持つトニックウォーターで割る。そこにライムのスライスと木の芽を添えている。「きれいな純米酒の瑞々しさをボリューミーに表現した一杯」と森崎さんが言うように実に飲みやすい。有馬がある神戸らしく山椒香が利いていた。三杯目の「夏色スゥイング」は、森崎さんの実演付きで供した。「福寿純米吟醸」をパイナップルジュース、ライムジュース、ブルーキュラソー、バナナシロップで割っている。「こうべの波音」の改良版で、グラスの縁にタヒンをまぶしているのが特徴の一つからかもしれない。タヒンとは、チリペッパーからできたスパイスパウダーで、メキシコの調味料。これによって飲み口に乾燥ライムと唐辛子・塩が合わさり、エキゾチック性が増す。「ソルティドッグ」の塩のような役割と踏んでもらえればいい。最後の「歌恋オータム」はデザートカクテル的な役割で甘みがあった。「福寿大吟醸」をベースにカルバドス、ダージリンのリキュール、ザクロシロップで作り、アルコールの利いたチェリーと穂紫蘇を添えている。食事会では、このカクテルがデザート的な役目を果たすために献立には甘味がなく、むしろ大谷直也料理長は糸するめと蕎麦チップを添えて提供していた。いわば酒のつまみになるようにである。
この食事会は、料理よりカクテルがメインだ。いつもの旬の会ならば、先付から始めて甘味までズラリと料理が並ぶ。今回は予算的なものも考えると、そうはいかなく、料理は脇役扱いに。先にカクテルを決め、それに大谷料理長が合うようにと献立を書いたのだ。①には前菜扱いで、青さ海苔豆腐、とびこ、美味出汁、黄身カステラ、合鴨ロース煮、スナップエンドウ、太刀魚タレ焼き、酢取り茗荷、卯の花が出ていた。②は造り扱いで初鰹のたたきをポン酢で食すように。③は揚物扱いで、明石タコの燻製、クリームチーズ、鱚の変わり揚げ、筍の天ぷらが_。それを藻塩で食べる。③と④の間は、食事代わりで「さかばやし」自慢の酒蕎麦(そばに酒をかけて味わう)を挟み、最後は前述のように糸するめと蕎麦チップを酒のアテにした。本イベントでいささか危惧したのは、あくまで日本酒カクテルがメインだとわかってもらえるだろうかとの点。いつもの旬の会に比べると、料理は少ない。バーならば四杯もカクテルを飲めば十分だろうが、ここは料理屋。出て来たものをぐいっとに飲み干してしまえば物足りないように映らないだろうかと主催者側は思っていた。ところが、この珍しい料理屋での試みに、参加者は大満足のよう。森崎さんのデモンストレーションにも大喜びだし、彼の饒舌なお喋りにも気をよくして終わった頃は、拍手喝采だった。普段バーに行き慣れていない人もいて、雰囲気こそ異なれど「さかばやし」の二階でバー世界を満喫したようであった。帰り際には「またやって下さい」との声や「サヴォイオマージュに行きます」との声が入り交じり、満面の笑顔で送迎バスに乗り込んで行った。
「日本酒蔵とバーは、開港すべき」と珍妙なる声を挙げて日本酒カクテルを企画してから早や8年の歳月が経つ。以来、森崎さんは、日本酒カクテルを研究し続けているし、その技術もグレードアップし、世界を制するまでになった。そんな伏線があったればこそ、今回のイベントは成功したのだろう。外国人や女性といった日本酒に馴染みが少ない人向けにと企画した日本酒カクテルであるが、気がつけば日本通をも納得させるものになっていた。「日本酒は、そのまま飲むべきだ」との保守的意見をなぐり捨てて挑戦した灘の蔵にも拍手を贈りたくなった。