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2024年02月日本酒で、アテを横にちょっと一杯_、やはり日本人はそんな光景が絵になる。酒や料理の多様化に伴い、日本酒蔵が減っては来ている現在だが、まだまだ知らない銘柄が沢山あって自分の嗜好に合う日本酒に出合うと何となく喜びを隠しきれないのも事実。心斎橋にある「嗜酒」は、そんな出合いが愉しめる店だ。店のコンセプトは、「和酒をたしなむ」。そのフレーズ通り、この店には地方の珍しい銘柄がある。聞けば、一本なくなれば違う銘柄を仕入れるスタイルらしく、常時あるものはないそうだ。なのでいつも違った日本酒に出合う愉しみが得られる。今回は、そんな日本酒に合うアテを店長の香川麻衣子さんに作ってもらった。さて、彼女は湯浅醤油・丸新本家の品々をいかに駆使し、酒のアテに創作したのであろうか。
嗜酒(しゅしゅ) 香川麻衣子
(「嗜酒」店長)
「旨みが強く、食べ応えのある
おかず味噌なので、
それ自体でも酒のアテに使えますが、
今回は『わさび金山寺』を大和芋のとろろに載せて、日本酒に合う料理にしました。
おかず味噌が、ピリッとまとめてくれるいい酒のアテになりましたよ」
心斎橋で注目の和酒と小料理の店
「嗜酒」と書いて「しゅしゅ」と読む。心斎橋にある日本酒をテーマにした小料理屋の店名だ。この名前を見た時に、コンセプトがわかりやすいネーミングだと思った。字を見ただけでは読み(しゅしゅ)は出て来ないかもしれないが、嗜む酒ならその店のテーマ性はわかりやすい。人は、「お酒を飲みますか?」と尋ねられたら、大抵の人は「ええ。嗜む程度に」と答えるだろう。元来、嗜むとは親しむとか、愛好するの意味で用いる。大酒飲みともとられたくないので、「嗜む」_、そう「愛好する程度に」と返すのが、何となく奥ゆかしくていい。こういった所に日本語の良さが隠されている。「嗜酒」にかかるキャッチとして「和酒をたしなむ」と書かれており、店の看板を見ただけでどんな店かは想像できるからいいのだと思う。
私が「嗜酒」を知ったのは、昨秋のこと。以前から付き合いのある和菓子屋「吉乃屋松原」の中西信治さん(食の現場から第102回参照)からの紹介である。私が企画している酒粕プロジェクトは、約30の店舗や団体が参加して毎冬催しているのだが、そこに「吉乃屋松原」も加わっている。中西さんは、「嗜酒」の常連で、ある日、飲みに行った時に店長の香川麻衣子さんに「酒粕プロジェクトに参加してみては…」と誘ったらしい。香川さんも「嗜酒」が日本酒を主にした店だから面白いと思い、参加の意志を告げたのだと思われる。
そんなきっかけがあり、私も12月には店に伺い、今年の酒粕プロジェクトに正式に参加してもらうことが決まった。それと同時に「名料理、かく語りき」に登場願うことも決めて来たのだ。
心斎橋筋から周防町を東へ行き、2本目を北に上がった所にGROOVE心斎橋Eastなるビルがあり、その4階に「嗜酒」は位置している。店はこじんまりしており、カウンター9席と4人のテーブル席が二つという陣容。ゆっくりくつろぎ、一杯飲るには丁度いいスペースといえよう。店長の香川麻衣子さんが一人で賄っており、アルバイトはいるものの、主に彼女が料理と接客をしながら店を運営している。香川さんに店のことを聞くと、「日本酒をメインに、和食をつまみにして一杯飲るのがコンセプト」と説明していた。店名のショルダーにあるように“和酒をたしなむ”とは、日本酒だけでなく、日本のビール、ワイン、ウイスキーを揃えていて“和酒”を愉しめる店として営んでいると理解してもらいたい。「日本酒は、常時30種ぐらい置いています。総替えはしませんが、ずっと同じものが並んでいるわけではありません。一本なくなったら同じものは入れずに入れ替えるスタイルで、色んな日本酒を愉しんでもらおうと考えています」と話していた。香川さん自身は、フルーティで、キレのあるタイプが好きらしく、その手の酒は好んで仕入れるものの、かと言ってバラエティに富んだ酒も入れており、「辛口もあれば、食中酒もあって、どんな嗜好にも合わせやすいようラインナップしている」らしい。コンセプトがコンセプトだけに、香川さんが作る料理は、酒のアテになるようなものが中心。創作和食が多く、一品料理が中心だ。「やはり日本酒好きが集まる店ですが、場所が繁華な地(心斎橋)なのでハイボールとチューハイしか飲まないお客様もいますよ。料理がいいからとか、居心地がいいと言って通って来る人も、女性が営んでいるから『安心できる』と言って選んでくれる人もいます。でも概ねは当初の狙い通り“和酒をたしなむ店”になっていると思いますね」。
そもそも「嗜酒」が計画されたのは、四年ぐらい前らしい。不動産会社が飲食事業部の一環として立ち上げた。オーナーと、当時香川さんが働いていた店の女将が知り合いで、香川さんに声が掛かったという。「以前の店ではホールの仕事をしていたのですが、『日本酒をテーマに店をやりたい』と聞き、即面接に行ったほど。日本酒については、以前『山中酒の店』でアルバイトしていた事もあって多少は知識があったんです。元来、和のものが好きで、和食にも興味があったし、日本酒も好きだったので、丁度いいなと思って手を挙げました」。
構想時は、日本酒バーのようなイメージだったが、オーナー達と話していると、「日本酒ならアテがいる」となり、ならば料理を出してもいいとの結論に至って香川さんが作るようになったようだ。香川さん自身、食べるのが好きだったので、やりたい気持ちもあってそうしたのだろう。創作し、それを親会社の人達に試食してもらい、オーナーや社員からアイデアももらいながらオープン時のメニューが出来上がっている。そこに色んなものを加えて今がある。グランドメニューと日替わり料理で構成されている。だから季節的なものや、面白いものがあれば取り入れるという。2~3月に実施する酒粕プロジェクト参加作品もそのうちの一つ。「里芋とクリームチーズの酒粕コロッケ 菜の花ソース」は、「福寿」酒粕を用いた料理で、粕汁と酒粕チーズケーキのイメージに合わせて創作した。里芋をつぶしたものと、酒粕を合わせ、中にクリームチーズを挿入し、パン粉をつけて揚げている。「混ぜすぎると、酒粕感がなくなるので、酒粕の味を全面に押し出し、里芋・酒粕・クリームチーズの三層にして作った」そうだ。天には、彩りとパンチ感を考えて菜の花のソースを載せている。ちなみにこの菜の花ソースは、菜の花をだして軽く煮てお浸しのようにし、少量のオリーブ油と一緒にフードプロセッサーにかけて作っている。
日本酒は、コロコロ入れ替わるから常時同じものを置いているわけではないが、取材時にあったものの中で薦めてもらったのは、阿武の鶴酒造(山口)の「三好」(純米大吟醸)。香川さん曰く「甘くて辛い酒」だとか。阿武の鶴酒造とは、昨年の「日本酒ゴーアラウンド」(10月1日の日本酒の日に催される、日本酒を愛する人のためのイベント)でタッグを組んだ縁がある。杜氏が偶然来店した時に「いつか日本酒ゴーアラウンドを一緒にやってください」と頼み、昨秋実現した。大阪では、84店舗もがそのイベントに参加し、そのリストの中に確かに「嗜酒&阿武の鶴 三好」と入っている。今ある中では、冨士酒造(山形)の「栄光冨士 酒未来」(大吟醸)もオススメだとか。この蔵は、新しい商品を出し続けており、少量生産で限定品を出すことでも知られている。タイトルにある「酒未来」とは酒米のことだ。同蔵で羽州誉(酒米)を使って造る「龍吟虎嘯」(純米大吟醸)もいい。香川さんの評価では「この蔵の酒は旨口で後切れがいい」そうで、総じてその手の酒を造っていると言う。さらにもう一つは、新政酒造(秋田)の純米酒「涅槃龜(にるかめ)」である。生酛造りで、木桶仕込みに加え、無農薬栽培米のみを原料としており、かなり低精米(88%低精白)の酒として知られている。
2020年10月にオープンした「嗜酒」であるが、開業時はコロナ禍。この時期は、コロナ感染に酒席が影響しているような見解が政府から出され(結局はそんな見解は嘘であったが・・・)、店の営業に大きなダメージを与えた。他店舗と同様に「嗜酒」も影響を受けたので、せっかく計画して華々しくスタートするはずが、スロースターターを強いられている。香川さんは「初めての店長経験だったのでゆっくりとスタートできたのを今ではいい方に考えている」らしい。ただ徐々に「嗜酒」のファンが増え、常連もできて行き、一年半たった頃には運営も軌道に乗ったようだ。「今では、インスタグラムを見て来てくれたり、Googleマップで“日本酒”と入れると、うちが出て来るようになりました。紹介で来てくれる人もいて、思うような感じで店舗運営ができています」と話していた。客層は30~45歳ぐらいが中心だが、若い人も年配者も顧客として付いてくれるのでいい方向に向いているようだ。
アクセントに「わさび金山寺」と「カカオ醬」を用いた
さて、いつもの取材だが、年末に湯浅醤油・丸新本家から色んな商品を届けてもらい、それを試食しながら香川さんに創作に興じてもらった。1月下旬に「嗜酒」を覗くと、三つの料理が完成していると言う。そのうち「大和芋とろろ おかずみそで」は、すでにメニュー表に登場していた。
一つめは、その「大和芋とろろ おかずみそで」を紹介したい。香川さんは、伝統野菜の一つである大和野菜に認定されている大和芋をよく使うそうだ。一般の長芋と違って粘りと旨みがあるのがその理由で、「味が全然違うので最近はコレばかりを使っている」と言っていた。その大和芋をだしで延ばして甘めの醤油(鹿児島の甘口醤油)を軽く入れて隠し口的に使い、とろろを作っている。そして最後に「わさび金山寺」を載せるのだ。大和芋のとろろは、香川さんが言うように旨みがある。そこに「わさび金山寺」が相俟ってピリッとした味がまとめてくれる。「どうしても店のコンセプトから酒のアテのような発想で創作することが多いですね。『わさび金山寺』自体、よくできたおかず味噌なので旨みが強いから、大和芋のすり流しにも対抗できるのではと思って作りました」。大和芋は、粘りが強く、旨みもあるので、インパクトのない素材では埋没しかねない。「わさび金山寺」は、それ自体で十分おかずになる代物なので、存在感もあっていいと踏んだようである。香川さんは、このおかず味噌を活かす意味でもシンプルに仕上げたかったようで、その狙いがピタッとはまった付き出し感覚の一品に思えた。
二つめの「もずくかき揚げ 柚子梅つゆ」は、「柚子梅つゆ」を天つゆのように使用した料理である。「嗜酒」には、もずく酢がメニュー化されている。これは、酒のアテが味の濃いものが多くなってしまうためにさっぱりした料理を置きたいと思って香川さんが常時メニュー化しているものだ。「もずく酢は、梅干や漬け物のように口休めや軽めの料理として活用しています。この料理を例に取って考えると、もずくは酸味との相性がいいのがわかります。なので『柚子梅つゆ』と合わせてみたんですよ」と話す。
料理は、いたってシンプルだ。もずくをかき揚げにして天つゆ代わりに「柚子梅つゆ」で作った漬けダレを添える。「柚子梅つゆ」が三倍希釈になっていたのに倣って水で延ばし、鬼卸しを加えて漬けダレを作ったそう。天つゆ代わりなので温めて料理に添えている。「天ぷらを天つゆで食べる感覚で、もずくのかき揚げを漬けダレに浸してから食べるようにしました」。漬けると甘みが得られ、「柚子梅つゆ」特有の酸味も当然ある。鬼卸しのシャキシャキ感があって、その食感も加わって一つの味となる。香川さんは、梅が好きなので、「柚子梅つゆ」を試した時に何にでも使えそうな印象があったらしい。酸味も強くなく、まろやかなので豆腐にかけてもいいし、ドレッシング使いもできると考えた。今回は、単に掛けただけでは面白くないので、三倍希釈に従い、鬼卸しを加えて天つゆ代わりに用いた。私は、一度料理を漬けずに飲んでみたが、味も甘みと酸味がきいて丁度いい塩梅(あんばい)になっていた。
最後は、「合鴨味噌漬けロースト カカオ醤で」。これは、まず合鴨を「赤だし」味噌に二日間漬けておく。それをフライパンで焼くのだが、少しのバターを加えて皮目をこんがりするように焼いて行く。それをアルミホイルに包んでオーブントースターに入れて20分くらい熱をかける。香川さんによると、アルミホイルに包む時にちょっとだけ蜂蜜を加えることで隠し味的に忍ばせる役目を果たすらしい。焼き上がったら器に載せ、アルミホイルにたまった合鴨の油(蜂蜜を含んだもの)を合鴨に掛け、最後に「カカオ醤粒タイプ」をチョンと載せる。「だし感の強い『赤だし』味噌に二日間合鴨を漬けます。当初漬けるのを一日だけと考えていたんですが、それでは物足りず、もう一日延ばしました。『赤だし』は、濃いですが、どちらかというと旨みが強いタイプ。塩気がきつくなく、丸みのある味噌なので使いやすかったです」。一方、「カカオ醤」は、私が以前に香川さんに説明した時は、イメージがつかなかったらしいが、使ってみて「曽我さんが言っていた意味を理解した」と言ってくれた。面白い表現だと思ったのは「脳がチョコレートを呼ぶ」と言ったこと。甘くないのにチョコレートの風味が勝って一瞬甘いとの錯覚に陥る_、そんな感覚を香川麻衣子流に表現したのだろう。この料理は、辛くもなく、味噌の味を利かせて設計している。そこに「カカオ醤」がアクセントとして加わって一つの風味に繋がって行くのだ。食べた感じでは、香川さんが言う蜂蜜の隠し味がうまく加わっており、味噌プラスαの味わいになっている。「カカオ醤」は、変わった感覚を持たせるので、味噌味に加わって特別な味を造り出している。「嗜酒」は、日本酒を主体にした店だけにこの料理も日本酒に合うように考え出されている。香川さんは、自店を「和の酒と小料理」と紹介していたが、まさにそうで、三品ともちょっとした酒のアテにはいい料理になっていた。
料理は、日替わりで入れ替わるそうだが、取材日のメニュー表には、すでに「大和芋とろろ わさびみそで」と書かれた料理が登場していた。聞いた訳ではないが、本取材において創作したら丁度酒のいいアテになったので、メニューに挿入したのではなかろうか。
メニュー表を見渡すと、「サバのへしこ」や「炙り明太子」「ふぐ刺雲丹」「鯛の酒盗」など酒のアテがズラリと並ぶ。その中で変わったものを発見した。「咖哩パン」である。香川さんに聞くと、意外にもそれが日本酒に合うとかで、結構注文が通るそう。締めの一品かと思いきや、そういうわけでもなさそうだ。ちなみに締めは「TKG」と書かれた卵かけご飯。その他に「本日のおにぎり」というのもあって、「今日は鶏ゴボウの炊き込みおにぎり」らしい。香川さんは「和の酒として酒蔵が造ったウイスキーや、クラフトジンなども置いています。日本酒好きは勿論ですが、そうでない人も来て欲しいですね。ここで色んな日本酒を知り、好きになってもらえればいいですから」と話していた。2020年10月とコロナ禍真っ只中にオープンした小さな店が、紆余曲折を経て人気店になりつつある。そこには、和酒に根ざしたコンセプトと、それに合う酒のアテを考え出すユニークさがあるからこそ人は集うのだ。“いい酒、いい味、いい時間”この三つがうまく重なり合って出来た店だとわかった。
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<取材協力>
嗜酒(しゅしゅ)
住所/大阪市中央区東心斎橋1-17-3 GROOVE心斎橋East 4階
TEL/06-6210-2371
HP/ 公式HPはこちら
営業時間/平日18:00~翌1:00
土日16:00~24:00
休み/木曜日
メニューor料金/
花セット(先付・造り・焼物)3000円
鶴セット(先付〜締めまでの7品)5500円
鰻白焼き 2800円
鶏刺し 1800円
締め鯖炙り 1100円
ふぐ刺雲丹 700円
炙り明太子 440円
里芋饅頭 880円
大和芋とろろ わさびみそで 440円
咖哩パン 450円
阿武の鶴 三好(大吟醸)1300円
阿武の鶴 純米吟醸 770円
栄光冨士 酒未来(大吟醸) 660円
栄光冨士 龍吟虎嘯(純米大吟醸)770円
だるまオールド(ウイスキー) 770円
風の森 橘花ジン(クラフトジン)990円
蔵ハイ瀬戸内レモン(チューハイ)660円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。