126 2024年03月 巷には豆腐料理が溢れている。至る所でそれが楽しめるものの、「コレは!」と思うような品に出合うことは、はっきり言って少ない。豆腐は淡泊だけに難しく、あれこれさわりすぎるとその良さがボケてしまうし、かといって単純に出しただけでは、なかなか勝負しづらい。モノ自体が余程よくなければ、印象に結びつきにくいのだろう。シンプルが故に難しいものなのだ。大阪のオフィス街・本町にある「とうふ空野 南船場店」は、そのシンプルな豆腐をうまく提供している店。京都にある湯豆腐屋や、格式張った豆腐会席の店ではなく、入りやすい居酒屋スタイルの豆腐料理店になっているのもオススメの点だ。南船場・渋谷・恵比寿と三店舗の厨房を任されている鈴木宏幸料理長が今回の取材相手。自慢の豆腐料理に、湯浅醤油・丸新本家の商品を使って想像力を働かせてくれた。さて豆腐料理の名人は、いかにシンプルさを表現してくれたのであろうか。とくとご覧あれ。

とうふ空野 南船場店 鈴木宏幸
(「とうふ空野」統括料理長)
「醤油の発祥の話に紐付く
『九曜むらさき』は、
味が強(きつ)くなく、
丸みがあって豆腐料理と一体化します。
聞けば、金山寺味噌を造る時の薬味のエッセンスも入っているのもいいですね」

大豆の旨みを凝縮した豆腐が売り

エ-2

今年に入っていい出会いがあった。それは、和の飲食店展開を行う「フードゲート」の村上宜史社長と知己を得たことだ。村上さんが経営する「ごはんや一芯」神戸店は、私も以前に食事したことがあって、その系列の「とうふ空野」も知っていた。以前から人伝手に彼の話は聞いており、いつかは会うのだろうと勝手に想像もしていた。その縁が遅ればせながら今年の1月にやって来たというわけだ。「最近、色んな所で曽我さんの名前を耳にするので、会っておきたいと思ったんですよ」。それが村上さんの第一声である。私も彼の運営する店には、注目し、気にもなっていたので声を掛けてもらい、嬉しく思っている。「ごはんや一芯」(神戸店)で飲み、意気投合し、「名料理、かく語りき」の取材を申し込んだ。これが取材のきかっけだ。
「フードゲート」は、新しい和の世界を飲食業の中で創造している。現在、神戸・大阪・東京・京都・広島に13店舗も運営しており、居酒屋形態の「ごはんや一芯」、豆腐料理の「とうふ空野」、それに「板蕎麦」と「うどん山長」がある。村上さんの話では、最初にJR三宮駅北すぐの所に「ごはんや一芯」をオープンし、その後、そば・豆腐・うどんの順に店を開いたそう。そばとうどんも単なるそば屋・うどん屋ではなく、居酒屋文化の中でのそば・うどんを表現しているという。今回取材した「とうふ空野」も同じで、居酒屋文化の中で豆腐料理をいかに提供するかがテーマとなっている。居酒屋というと、誰もが大衆居酒屋をイメージするが、ここでいう居酒屋はそれではない。そもそも居酒屋は、江戸の町で誕生した飲食形態。江戸には参勤交代で出て来た武士を始め、一人暮らしの独身男性が多く、彼らの食事を担う役割で魚や野菜を煮て売る煮売りが登場する。寛政期(1789~1801年)ごろになると、煮物を肴に一杯飲れる煮売り酒屋が出て来る。これが居酒屋のルーツだといわれている。居続けて飲むことを居酒(いざけ)と言い、当時は酒を売る単なる酒屋とは差別化する意味で「居酒到し候」の貼紙を店前に出していた。村上さんの運営する居酒屋とは、そんな歴史に育まれたものと私は勝手に理解している。

ところで「とうふ空野 南船場店」は、御堂筋線・中央線の本町駅から近く、難波神社を西に行った二本目の縦筋角に位置している。店舗は、地下1階と1階部分に分かれている。地下といっても陽光が注がれる設計で何となく階上を印象づけるかのよう。それくらい昼間は明るい。席数は90席ほどなので空間的にも広々としている。同店は、添加物や凝固剤を使わない豆腐づくりを行っており、空間の面白さや落ち着いた照明を加味した豆腐テーマの店となっている。名物は勿論、豆腐で、有機栽培丸大豆の北海道十勝産・トヨマサリを素材に用いて作る。大豆を濃厚な14度の高豆乳度で抽出した豆乳を使用して豆腐づくりを行っているのだ。だからだろうか、「とうふ空野」の豆腐は、大豆の旨みが凝縮した味わいがある。豆腐は、シンプルな食べ物だけに難しい。豆腐をテーマにした店がよく現れるが、たいして長続きしないのは、シンプル故の難しさにあるのだろう。豆腐は、古くから日本人に根づいた食べ物(元来は奈良時代に中国から伝わった)で、江戸時代には庶民派になり、天明2年(1782)の「豆腐百珍」の出版によって幅広く豆腐料理が作られるようになったとされる。何度も流行的なものが起きているが、湯豆腐ではない約20年前に豆腐料理店がブームになって、その次に居酒屋的乗りの豆腐料理がまた流行した。今は第3次ブームで、豆腐スイーツがそれに当たる。村上さんも「とうふ空野」の経営を振り返り「やっぱり豆腐は難しい」と話す。「20年やって来てようやく全体的な献立が決まったくらいで、シンプルな割りに主張が強い素材だ」と分析しているのだ。現在は、名物となった「空野豆腐」をいかすことに主眼を置いているようだ。同メニューは、できたての豆腐を味わうもので、温かいまま食す。本当にうまく提供するまでには時間がかかったしく、今では炭で温めて「空野豆腐」を出している。こうすることでより柔らかになり、ふわっとした豆腐になるそうだ。豆腐通曰く「豆腐を食べさせ過ぎてもダメ」らしい。だから居酒屋風の店はより難しいのかもしれない。「とうふ空野」では、天ぷらと一緒に注文して食べることをオススメしているようだ。
そもそも南船場店は、違うジャンルの店だった。それを業態変更しようとした時に「いきなり豆腐が頭に降って来た」と笑いながら村上さんが説明してくれた。後から分かったことだけど、村上さんの曾祖父が豆腐屋をやっていたらしい。これも何かの縁だったのだろう。

縁といえば、「とうふ空野」の統括料理長を務める鈴木宏幸さんとの出会いも「とうふ空野」をここまでのステージに上げる要因だったようだ。鈴木さんは、料理職人歴45年ぐらいのベテラン。もともとはフレンチのシェフで、15~16年仏料理界で活躍してから和食の道へ来た。「和食の達人と知り合い、彼から色々教わりたくて和食の世界へ入った」らしい。和食店で5年ほど勉強をして村上さんと良き出会いを果たす。「とうふ空野」では、かれこれ20年ほど働いているようだ。鈴木さんによると「和食とフレンチは、理論で成り立つ点では何ら変わりがない」と言う。「違うのはアプローチの仕方です。私は今でもフレンチの技法を使っています。ただ、プロセスは仏料理でも最終的に和食になればいいのです」。いつもの味とホッとできれば、それがいいと思って調理を行っている。「とうふ空野 南船場店」がオープンしたのは2002年で、一年経ってから鈴木さんが料理長として入って来た。鈴木さんの加入は、「それまでの豆腐料理を一変させ、何年かかけて完成させた」と村上さんも振り返ってくれた。「鈴木統括料理長は、芸術家タイプの職人で、話していても飽きることがありません。ベテランになれば、固執しがちな発想もクリエイティブさをいかして色んなことにチャレンジしてくれます。そこがいいんですよ」と全幅の信頼を寄せている。鈴木さんが打ち出す豆腐と天ぷらの組み合わせは、まさに江戸カルチャーそのもの。江戸の町で大成した天ぷらと、「豆腐百珍」により広がりを見せた豆腐がこの後、鈴木ワールドからいかに発信されるかが興味深くもある。

どうしてこんなに豆腐感のあるジェラートが出来るのだろう?

さて、本論の料理取材に入ろう。「とうふ空野」には、予め湯浅醤油より色んな商品を送ってもらっていた。それを一つずつ吟味しながらどんな豆腐料理に仕上げたのかが、私としては興味津々だった。まず出て来たのが「糠漬け豆腐の金山寺味噌和え」。鈴木さんによると、「豆腐の糠漬けと金山寺味噌、ヨーグルトを混ぜて発酵食品にしたものだ」とか。豆腐の糠漬けは「とうふ空野」で何年か前から出している。きっかけは石川県のふぐの卵巣漬けで、ふぐの卵巣を塩と糠、酒粕で漬け込んで自然発酵し、解毒させたものがそれ。その一品から豆腐も同じように糠漬けにしようと思い立った。一般的に料理人は糠漬けを料理とは違うと考え、やらない人が多い。味がコントロールしにくく、想定外の所に着地する恐れがあるので、むしろコントロールしやすい浅漬けを好む傾向にあるからだろう。鈴木さんは、自慢の豆腐の糠漬けに、「金山寺味噌」とヨーグルト、砂糖を混ぜたもので和えている。食べると、ヨーグルトの爽やかさが伝わり、サワーっぽい上品な味わいになっている。所々に見られるのは、「金山寺味噌」の具材で、それがうまく糠漬けした豆腐と一体化していい。「この皿の中で発酵しているイメージでしょ」と鈴木さんは説明するが、言い得て妙である。この料理を思いついたのは、取材の数日前らしい。「金山寺味噌」も糠漬けの豆腐もヨーグルトも、同じ発酵食品なのでいっそのこと合わしてみたえら面白かろうと試作した。まさにいい酒のアテとなる一品だ。「おかず味噌として有名な『金山寺味噌』も豆腐と同じで何かと合わせたら一気に主張をします。合わすといきて来るのに、なぜか合わせるのが難しい。そんなところが似ているんですよ」と教えてくれた。

二品目は、「自家製絹揚げ 金山寺たまり醤油」だ。ここでいう「金山寺たまり醤油」とは、「九曜むらさき」を指す。醤油の発祥は、和歌山県の湯浅で、僧・覚心が中国から金山寺味噌の技法を持ち帰り、故郷の寺(西方寺)で造った。その樽底に沈殿した液汁が日本の醤油の始まりなのだ。「九曜むらさき」は、金山寺味噌を造り、そこから出たたまりを醤油として商品化したもの。いわば、日本の醤油の発祥を地で行く商品といっていい。「絹揚げ」は、表面がきめ細かく揚がり、中は柔らかく仕上がっている。程よい水の抜け方をしており、豆腐の旨みが凝縮している。これを「九曜むらさき」で作ったタレで食す。タレは「九曜むらさき」にみりん、酒、黍糖を少し加えて作っている。そこにネギを仕上げとして加えた。「九曜むらさき」は、金山寺味噌のたまりから造っているため、製造工程で瓜や茄子、紫蘇、生姜のエッセンスが入っていることになる。つまり「九曜むらさき」が醤油だけではなく、薬味の効果も果たしているというわけだ。なのでタレを作る時のだしはいらない。「旨みがあって味も強(きつ)くなく、丸いから『絹揚げ』と一体化しやすいんです」と鈴木さん。当初は濃口醤油でタレを作ろうかと思ったらしいが、「九曜むらさき」を使ってみて「これなら何もいらない」と判断したようだ。「一般的な濃口醤油だとそれが勝ってしまいますが、『九曜むらさき』は丸みがあって旨い。だしを入れて丸みを出す必要もないんですよ」とこの醤油を評していた。村上さんも「濃口醤油で作ったタレはネギの香りを足す必要があるんですが、むしろこのタレにはネギもいらないくらいで、『九曜むらさき』がネギの役目を担ってくれています」と絶賛していた。なので「絹揚げ」の味がよりいきるタレになっているようだ。

最後はデザート「豆腐のジェラート あえみそソース仕掛け」である。「とうふ空野」の「豆腐のジェラート」は、そんじょそこらにある豆腐のアイスクリームとは味が違い、実にシンプル・イズ・ベスト。豆腐の旨みが舌に伝わる逸品だ。「こんなにシンプルに豆腐の味わいをジェラートで表現できるコツは?」と質問すると、鈴木さんは「動物性のものは一切使わずに植物性のものだけでジェラートにしているからです」と言う。どうしても人は、脂肪分を美味しく感じてしまう習性がある。それがなければ、どこで美味しさを表現するのか?「その点が難しい」と話していた。この「豆腐ジェラート」は、ぎりぎりの所で甘さを作っている。だから当たりは豆腐なのに完全なスイーツに思えてしまうのだろう。鈴木さんは、このジェラートに「あえみそ」で作ったソースを掛けて出して来た。少しの塩気があると、甘さが際立つという論理を「あえみそ」のソースが担っているようだ。丸新本家の「あえみそ」は水飴を用いておらず、米の甘さだけで味を出している。そこに鈴木さんは注目し、スダチの酸味を足し、豆乳で延ばして作っていた。「初めは少し三温糖を足そうかなんて考えましたが、『あえみそ』をなめたら、それがいらないことに気づきました。甘みと塩味のバランスが丁度よく、いらぬ仕事は必要なかったのです」。同店の売りでもある「豆腐のジェラート」は、鈴木さんと村上さんが相談しながら商品化したものだとか。その作り方を聞くと、「甘味料とオイルを合わせ、ミキサーで攪拌し、ペースト状になったものをさらにアイスクリームマシンにかけて攪拌して作ります」とあっさり答えてくれた。聞くだけでシンプルな作り方が伝わるが、それだけに作るのが余計難しいのだろう。このジェラートを食べると、巷に溢れる豆腐アイスクリームは紛い物のように思えてならない。一般的なそれは、アイスクリームが勝つか、豆乳が勝つか、あとは牛乳や生クリームが入っていてそれが全面的に押し出てしまうかのいずれかだ。そうではない方法で作るとなると、大変なのだろう。「あえみそ」の方も人工的な甘みではなく、自然発酵した優しい甘みがある。その二つが出合ったのだから、いいに決まっている。

セ-2

今回の取材でもよく出て来るワードは「シンプルさ」。言葉にすれば簡単なものだけれど、「シンプル・イズ・ベスト」とはよく言ったもので、そこに難しさが潜んでいる。今回の鈴木さんの料理は、その言葉を具現化したものだけに面白かった。豆腐は江戸の昔から庶民が親しんで来た素材で、それをいかに使って美味しくするかで、「豆腐百珍」なる本が売れに売れた。時に鈴木さんやオーナーの村上さんが挑む“居酒屋的豆腐料理”も現代の豆腐百珍に他ならないだろう。大阪・南船場と、東京の渋谷・恵比寿で展開される「とうふ空野」の豆腐料理にこれからも注目して行きたい。

  • <取材協力>
    とうふ空野 南船場店

    住所/大阪市中央区南久宝寺町4-5-6 ヴェルテックス本町B1階・1階

    TEL/06-6120-0644

    HP/ 公式HPはこちら


    営業時間/11:30~15:00
    17:00~22:30


    休み/なし

    メニューor料金/
    空野豆腐(小) 1320円
        (大) 1880円
    ざる豆腐 990円
    朝採りゆばの刺身 880円
    豆乳胡麻豆腐 605円
    絹揚豆腐 658円
    ジェラート豆腐 748円
    豆腐のティラミス 715円
    合鴨と生ゆばのおろしポン酢 968円
    燻製マグロとクリームチーズの生ゆば春巻き 880円
    焼き芋とおからのブルーチーズ和え 770円
    生麩の柚子味噌田楽 935円
    天ぷら 春菊 220円
        レンコン 275円
        海老 495円
        穴子 880円


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい