132 2024年10月和歌山市内の住宅街に佇む「toco*towa(トコトワ)」は、和歌山県下では珍しいチョコレート専門店だ。経営者である岡田亜紀さんの理念が素晴らしく、障がいのある人達がいきいきと働けるようにと、特定非営利活動法人ジョイ・コム(就労継続支援A型事業所)を立ち上げ、その一環で「toco*towa」をオープンさせている。ここで一般ショコラティエと障がい者が一緒に作っているチョコレートが銘品で、東京のチョコレートショップと肩を並べるぐらいの出来映えにある。しかも岡田さんは、せっかく和歌山で開くのなら県内の特産物を取り入れたいと、温州みかんや葡萄山椒のボンボンショコラを作っているのだ。そのラインナップの中に湯浅醤油を使ったチョコレートもあると聞き、早速取材に出かける事にした。さて和歌山で出合った湯浅醤油のボンボンショコラとはいかなるものであろうか。
toco*towa 岡田亜紀
(「toco*towa」オーナー)
「湯浅醤油の『生一本黒豆』は、
味が深く、チョコレートとの
相性も抜群。
用いる事でコクが出ます。
甘さの中にふんわり醤油香が出て、
みたらし団子のような甘じょっぱさを感じさせてくれます」
何となくみたらし団子を彷彿させる「湯浅の醤油」のボンボンショコラ
和歌の浦(和歌山市)から程近い住宅街の一角に「toco*towa(トコトワ)」なるチョコレート専門店がある。閑静な住宅地に佇むオシャレな建物内にはチョコレート工房があってショップを併設。14席ほどのイートインもある。大阪や神戸ならいざ知らず、和歌山でチョコレート専門店とは珍しい。私にとっては興味津々で、新古敏朗さんからその噂を耳にしてすぐ取材の段取りを行う事にしたくらいだ。同店を営むのは、和歌山の実業家・岡田亜紀さん。三菱電機の協力会社として地場で名高い「菱岡工業」の三代目で、「わっしょい保育園」の園長や就労継続支援事業A型の特定非営利活動法人「ジョイ・コム」の理事長、農業法人「紡ぎ」をも経営するマルチな女性である。
「toco*towa」では、和歌山の〝美味しい″を詰め込んだチョコレートを作って販売している。和歌山県は食材の宝庫で、みかんに梅干、山椒、苺、じゃばら(柑橘)、生姜と色んな産物がある。オーナーの岡田亜紀さんは、和歌山市内でチョコレート専門店を開くにあたって県の特産物を使ったチョコレートを作るのが面白いと思ったそう。そこで温州蜜柑や真妻わさび、葡萄山椒のボンボンショコラや、まりひめ(苺)やでこぽん(柑橘)を使用したギモーヴなどのオリジナル商品を数多く作った。
岡田さんは、取材に訪れた私と新古敏朗さんをホットドリンクの「ショコラショウ」を出して迎えてくれた。「toco*towa」のスタッフが出してくれた皿には、同店自慢のチョコレートが6種類ほど載っている。列挙すると、まりひめとでこぽんの「琥珀・オ・ショコラ」、ビターの「マンディアン」、まりひめホワイトの「ギモーヴ」、でこぽんの「オランジェ」、梅酒梅の実と生姜の「ボンボンショコラ」だ。店内にあるチョコレートは、全て一個売りからで好みのものを求める数だけ買えるわけだが、勿論「おもてなしBOX〔赤箱〕」(2652円)「おまかせbonbon〔赤箱〕」(2668円~)などのセット類も販売している。商品も店内もとにかくオシャレで、まるで東京のショップでも彷彿させるかのよう。ここがオープンするまで和歌山にチョコレート専門店がなかったそうだが、ここまでこだわった店づくりをするとは、岡田さんのセンスの良さが窺える。
岡田さんに話を聞くと、例えばオランジェはキャンディング(オレンジを砂糖で煮詰める)されたものをフランスから輸入して出している所も多いらしいが、「toco*towa」では柑橘類そのものを仕入れ、店で一つずつ手作りしているそう。「せとかやブラッドオレンジを輪切りにし、キャンディングをした後、チョコレートをディップしている「オランジェ」は、この店の代名詞の一つにもなっている。ここで使われる柑橘系は全て和歌山産。紀の川市にある「紀州観音山フルーツガーデン」の産物を使用している。同所では、最終の農薬散布から収穫まで最低60日以上期間を空けて無農薬に近い状態にしたり、ストレスを与えない手選別を採用したりと、とにかく柑橘類を自然に近い状態にして管理している。そんな姿勢が安心・安全なチョコレートづくりを行う「toco*towa」にとって重なる点が多々あるのだろう。
和歌山県の名産品やこだわり食材をいかしたガナッシュにチョコレートをまとわせて作る「ボンボンショコラ」は、「toco*towa」の定番。湯浅の醤油、温州蜜柑、生姜、苺ミルク、葡萄山椒、梅焼酎、じゃばら、真妻わさび、梅酒梅の実、ミルク、カカオ70%、ピスタチオ、抹茶プレミアム、ほうじ茶、アールグレイ、エスプレッソ、ラムレーズン、塩キャラメルとユニークな商品がラインナップされているのだ。このうちの多くは、和歌山県の特産物を使っており、梅焼酎や梅酒梅の実は中野BCと、湯浅の醤油は湯浅醤油とコラボして作っている。
本来ならこのコーナーは、湯浅醤油・丸新本家から商品を送ってもらい、「名料理、かく語りき」用に料理を創作してもらうのだが、前述からもわかるように「toco*towa」には主力商品として湯浅の醤油と名づけられた「ボンボンショコラ」があるのだから、あえてそれをお願いする必要もなく、ここではその商品について述べる事にしたい。岡田さんによると、湯浅の醤油の「ボンボンショコラ」は、2015年のオープン当初からあったらしい。「まず和歌山県の特産品ありきの着想からチョコレートを創作しようと考えたので、醤油発祥の地とされる湯浅の醤油を使って作るのは必然的でした」と語っている。チョコレートと醤油は意外な組み合わせのように思えるかもしれないが、新古敏朗さんも「発酵食品同士のコラボレーションなので合う」と太鼓判を押している。「旨みもプラスされるために相性がいい」そうだ。岡田さんは、湯浅醤油の蔵見学にも行き、色んな商品群から「生一本黒豆」を選んだ。「しっかりと深みのある味わいは、チョコレートと掛け合わせても程よい塩味を残し、風味豊かに香る」のがその理由のようだ。
早速、「生一本黒豆」を使った「湯浅の醤油」(ボンボンショコラ)を味わわせてもらった。見るとわかるように同品は二層になっている。上がホワイトチョコレートで、下がミルクチョコレート。このミルクチョコレート部分に醤油(生一本黒豆)を合わせて作っているようだ。ここでショコラティエ兼職業指導員の岩崎優華さんに登場してもらい、この商品づくりについて教えてもらう事にしよう。岩崎さんは、単なるショコラティエではなく、職業指導員の肩書きも有している。その事については後でその理由に触れるようにして、まずは「湯浅の醤油」(ボンボンショコラ)について話す事にしたい。岩崎さんは、6〜7年前くらいに「toco*towa」に入った。製菓コースのある大阪の短大で学んだらしい。ここがオープンしてわりとすぐに入って来たショコラティエというわけだ。岩崎さんは、和歌山の出身で、他人(ひと)から「toco*towa」のチョコレートをもらって「和歌山にチョコレート屋さんがあるんだ」と驚いたのがきっかけらしい。今は押しも押されもせぬショコラティエに成長しており、作業全体の管理やチョコレートの仕上げ作業を任されている。「バター・生クリームを沸騰させたものをチョコレートに掛けて一晩固めます。翌日にカットしてチョコレートをコーティングしていきます」と岩崎さん。このトランペという工程を一個ずつ行い、乾燥させて一日置く。都合三日間かけてチョコレートを作っていくそう。下側にあるミルクチョコレートには「生一本黒豆」が混ぜられている。岩崎さんの話では三日間で二層にするらしい。周りには、ミルクチョコレートよりビターなスイートチョコレートを使い、それで全体をまとわせている。岡田さんは、「生一本黒豆」を味が深く、塩角を感じないから使いやすいと評している。「コクがあって味に深みもあるので色んな醤油を試してコレにしようと決めた」そうだ。岩崎さんも「生一本黒豆を用いると、よりコクが出ます。甘ったるく感じる前に塩味がアクセントになっていてバランスを調えてくれるんですよ」と言っていた。岩崎さんによると、「和歌山県産品を使ったチョコレート全てにいえる事ですが、全般的に分量のバランスが難しいんです。何回か分量を変えて試作し、商品化に至っています」との事。「湯浅の醤油」(ボンボンショコラ)でいうと、入れすぎると醤油が勝ってしまうし、さりとて醤油を使っている事をどこかで主張させないと商品価値が薄れてしまうらしく、バランスには気を遣って制作しているという。「生一本黒豆」はまろやかなミルクチョコレートにコクを持たせる役目に。周りにスィートチョコレートをまとわせる事で引き締まった感じに設計していると話していた。「toco*towa」では、この商品がよく売れるという。「最初は醤油が入ってるの?とびっくりする人もいますが、甘じょっぱいのが好みというファンも多くてよく出るんですよ。甘さの中にふんわり醤油香が広がり、何となくみたらし団子のような味わいで、お土産用にも買って帰る人もいますしね」と岡田さんは話していた。どうやら「湯浅の醤油」「苺ミルク」「葡萄山椒」あたりが売れ筋のようである。「toco*towa」では毎年一個ずつ増やす感じで新製品を出しており、最新では「琥珀・オ・ショコラの梅」を発売している。これら新製品開発も岩崎さんが担っているとの事であった。
「障がい者に仕事の場を設けたい」とオーナーが奔走
ところで「菱岡工業」を営む岡田亜紀さんは、なぜチョコレート専門店「toco*towa」を開くに至ったのであろうか。それには彼女の経歴について話を進めねばなるまい。岡田さんの趣味は、バンドで中学時代から今も続けているらしい。当時はレディスバンドの走りで、キーボードを担当し、「レベッカ」などのコピーを演奏していた。高校時代はその腕前がすでに有名で校内で知られており売れっ子キーボーダーに。スタジオ代を稼ぐためにアルバイトに明け暮れていたという。その頃は、尾崎豊の「卒業」の歌詞にもあるように関西では俗にヤンキーと呼ばれる奴らが跋扈(ばっこ)していて学校は荒れていた。そんな環境下で登校する価値が見出せずに岡田さんも決して出席率のいい生徒ではなかったらしい。ある時、進学に話が及んで大学の案内の冊子を見ていた。その時に「保育科っていうのがあるのか?」と知った。いわゆる試験ではなく、推薦入学なら面接・小論文・ピアノで受験できるとわかり、高校の先生に推薦してもらって和歌山信愛女子短期大学に入学した。
一般的には、小さい頃から幼稚園教諭や保育士になりたくて保育科に入学する人が多い。だが、岡田さんはそんな思いは全くなく、得意のピアノと小論文・面接なら入れるであろうと踏んで受験したので、いささか不純な動機といえよう。ただ大学で保育の勉強を進めていくうちに「これは私にとって天職」とばかりにその道に目覚めた。幼稚園教諭や保育士の資格を獲るべく養護学校にも実習に行ったようだ。福祉型障がい児入所施設では、かなりの衝撃を受けたという。「そこには小学生から成人までの色んな障がい者がいて、彼らは一体将来どうやって生きていくのだろう?と思ったんです。」。そんな思いを抱えつつも卒業後は地元の幼稚園に就職し、幼稚園教諭としての道を歩んでいたのだ。
幼稚園教諭の仕事に慣れた頃、突然岡田さんの生活に激震が走った。「菱岡工業」の二代目として仕事をしていた父親が急逝したのだ。26歳の時にやむなく幼稚園を辞し、「菱岡工業」を継ぐ事に。「家業とはいえ、ズブの素人でわからなかった。四苦八苦しながら必死で働きました。父が亡くなると周りには経営面に不安を抱くのか、辞めて行く社員が多く、それはそれは大変でした。でも周りの人達(社員や取引先)に支えられ、何とか軌道に乗せたんです」と岡田さんは激動の時代を振り返ってくれた。ハーネス加工に加え、色んな仕事もやり出して「菱岡工業」は順調に推移して行くまでに至っている。
そんな頃、和歌山の青年会議所に和歌山大学教育学部附属特別支援学校の先生が訪れ、実習生の受け入れ先を探していると話していた。かつての経験や障がい者への思いもあったからその先生に「うちでよかったら受け入れますよ」と門戸を開いたのだ。障がいのある人を「菱岡工業」で数人働けるようにしたが、もう少し手を差し伸べてあげれば社会で自立できる障がい者がいるのにと岡田さんは悩むようになった。そこで就労継続支援事業A型ならもっと支援できると考え、「ジョイ・コム」を立ち上げたのである。それが約12年前の出来事だ。
障がい者がそれぞれの特性に合った仕事を選べるよう、色んな仕事を模索していた中で、支援学校の学生達が将来飲食店で働きたいと言っていた事を思い出し、彼(彼女)らの夢を叶えてあげたいという思いから、将来やりたいことを実現するためにはサービス業を学んだ方がいいと当時設立していた別法人でORA(大阪外食産業協会)に加盟し、フランチャイズ事業にも加盟して約10年ほど飲食に取り組んだという。
その経験を活かし、「ジョイ・コム」で小さなカフェを立ち上げた。「カフェにはスイーツが必要だと思い、焼きドーナッツやベーグルはどうかと思案していました。ある時、パーティに赴くと会場にチョコレートファウンテンがあっておじさん達がそこに群がっていたんです。チョコレートファウンテンならカフェでもできると思いました。それに神戸や大阪と違ってチョコレートの専門店は和歌山に存在しませんでした。和歌山にはフルーツや特産品がたくさんある。ならばその二つを融合させれば面白いのじゃないかと思ったんです」。東京で活躍しているショコラティエを紹介してもらい話を聞くと、「その人は『チョコレートは失敗したら溶かせばまた作り直しができる』と話しており、確かにそうだなと思いました。でもやってみたらそんなに簡単ではなかったですがね…」と岡田さんは、笑いながら「toco*towa」誕生のきっかけを教えてくれた。
岡田さんは、和歌山唯一のチョコレート専門店をと、東京のショコラティエの助言や助けも借りながら「toco*towa」を2014年4月にオープンさせている。当然ながら同店では、障がい者がチョコレートづくりに励んでいる。今では、職業指導員の下で障がい者がいきいきと働くいい職場になっている。「障がい者にも仕事に誇りを持ってほしいし、障がい者が活躍している場を見て欲しい」と岡田さんは話す。先の岩崎さんの肩書きがショコラティエ兼職業指導員になっていたのは、こんな理由からで、岩崎さんは彼女ら(障がい者)にチョコレートの作り方を指導する役目を担っているのだ。「調理の仕事がやりたいと言う障がい者の夢の実現がまだ出来ていなかったので『toco*towa』の二号店として『toco*towa DELI』を「菱岡工業」敷地内にオープンしました。そこでは一般向けのランチ提供と一緒に社員食堂としても活用したり、保育園の給食事業も行っているんですよ」。
社会的に有意義な活動を行う岡田さんは、さらなる野望を打ち明けてくれた。それは「紡ぎプロジェクト」と題した活動。和歌山県では、三年間で県内全ての小学校区に子ども食堂の設置を掲げている。だが現状では、大人が開催できる場所で催されていたりして月一回の開催や不定期での開催になっており十分ではない。子供達は、毎日お腹を空かせており、本来の子ども食堂が成立していないのだ。岡田さんは何とか現状を打破しようと考え、専用のアプリを作って支援システムを構築した。企業や個人などの支援者から支援金を募り、それを飲食店に分配。子供達にはいつでも食事を無料提供できるようにしようとしている。クラウドファンディング型ふるさと納税の仕組みを取り入れたり、寄付をした人に税額控除になる仕組みまで考えている。このアプリは、単に運営支援だけでなく、子供達の見守りにも役立てたいし、集客のメリットにもいかそうと企画しているのだ。岡田さんの話を聞けば聞くほど考えは深い。いつもなら単に調理や料理に終始してしまうところが、今回は障がい者や生活困窮から生じる子供達の支援にまで話が広がっていた。現在、「ジョイ・コム」は、インダストリアル事業部とコンフィクショナリー事業部、そしてフードサービス事業部に分かれている。そのうちのフードサービス事業に今回の「toco*towa」がある。障がい者達が作るチョコレートは、歴としたスイーツ商品で、それを求めて多くのグルメが買いに来ている。そんな現場を垣間見ただけでも今回の取材は有意義なものだった。
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<取材協力>
toco*towa
住所/和歌山市塩屋4-6-57
TEL/073-446-2311
HP/ 公式HPはこちら
営業時間/10:00〜17:00
休み/水曜日
メニューor料金/
オランジェでこぽん 216円
ギモーヴまりひめ 281円
マンディアン 259円
琥珀・オ・ショコラ 108円
ボンボンショコラ梅の実 292円
ボンボンショコラ生姜 248円
ボンボンショコラ湯浅の醤油 259円
店頭だけでなくWEBショップでも購入可能。
https://www.tocotowa.com/
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。