2016年08月
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 一年以上前から夕刊紙の日刊ゲンダイにコラムを書いている。毎週月曜または火曜の掲載で、私が行っても失敗しないだろうと思う店を挙げている。新しい所もあるが、私は歴史に裏打ちされた旧店も好きである。そんな店を久々に訪れる度に代わっていないことを期待しつつ扉を開ける。昨今は調味料や器具が発達、便利なものを使えば経験の少ない若い人でもある程度の味になる。悪くはないが、全てメーカー側の目論んだ味付けで、これでは面白味に欠けてしまう。その点、昔からの店はそれをせず、頑なに古い作り方を守っている。だからメニューはいつ行っても同じラインナップ。それをマンネリというか、変わらぬ味と表現するのか。でも、いいものは変わってはほしくないと誰もが思うはずだ。今回はそんなことに触れてみる。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
マンネリズムを批判することなかれ。
変わらぬ味を求める日もある。

変わっても基本ができていればいい

DSCF3234このところ神戸の農のブランド化に助力している。神戸というと、オシャレな街のイメージが強く、土の匂いのする農業は想像がつかなかった。ところが、市自体は土地が広大で、街は海沿いに固まっている。六甲山などの自然も多くあり、西区や北区には田畑が多く存在する。神戸の農を印象づけようと活動に助成金をつけているのは兵庫県で、神戸県民センターが岡本商店街や元町商店街、有馬温泉などといっしょになって神戸産野菜・果物のPRを行っている。そのため当方も月に一度の岡本商店街の会議に出席しており、街で催される神戸産野菜・果物を用いたフェアの企画を考えている次第である。
冒頭からこんな話を始めると、神戸の農について記すかと思われそうだが、さにあらず。書きたいのは、神戸や店の変化についてである。昨年から当方は日刊ゲンダイに連載を持っており、私が食事して来た店の中で行っても失敗しないだろうと思う所を載せている。タイトルもズバリ「フードジャーナリスト曽我和弘の関西失敗しない○○」。この○○が飲食店(食事処)だったり、酒場(酒処)だったりする。大半はなじみの店やネタ(話題)のある店を取材しているが、毎週の連載とあって気を抜いていると、在庫(入稿分)がなくなってしまう。かといって夜は夜で食事や打ち合わせが入っており、そのためだけに探しに行くにはちょっとつらい。だから昔の記憶を辿って書いているものもある。
でも飲食店は生き物だ。時が経てば内容は変化する。いいように変わるものは少なく、多くはマンネリ化のため流行らなくなったり、料理人が代わって味が落ちたりしている。当方もこだわり派なので昔行った(取材した)からといって記憶のまま書いたりはせず、一応は行って味わい、チェックした上で記すことにしてい

DSCF3244 元町・乙仲通りにある「ソース」は、私が足げく通った時代(とは言っても頻繁というわけではないが)とはかなり変わった。かつてこの店はマニアックな(私にとっての評価だが)料理を出していた。これがなかなか面白く、味もよかったのである。ある時、ふらりと行くと、それがスタンダードなメニューに変わっていた。聞けば、イタリア産石窯を導入と同時にピッツァに力を入れたらしい。このピッツァは、薄手で軽やかなのが売りで、これにパスタ類を加えてメニューを構成していた。ピッツァは重たくて飽きて来るという印象を払拭したくて始めたそうだ。メニューが替わったからといえ、別段味は悪くない。だから今まで以上に賑わっていたように思う。だから当方もその頃、参画していた朝日放送のニュース番組「キャスト」で「ソース」のことを紹介した。
ただ、私は伊料理について思うことがある。日本のそれは、どうしてもピッツァ、パスタが中心となる。それでもいいが、この二つを食べた後にコレといったものがメニューにない所が多い。トラットリアだから仕方ないといってしまえばそれまでだが、何だか炭水化物ばかりで納得いかないのだ。こんな思いがあったからか、同番組「路地裏のテッパンメニュー」で放映してからは遠ざかっていた。先日、日刊ゲンダイに載せるべく、チェックしに行ってみると、ピッツァ、パスタ中心ながらもそれらの中にちょっと手の込んだものがあり、私が通っていた頃を少々彷彿させていたのだ。少し遅めだというのに店内も賑わっている。やはり「ソース」は、その持ち味を捨ててはいなかったのだ。

変わらないことは美徳でもある

DSCF4123 トラットリアでメニューはあまり変わっていないが、長年通い続けているのが北野町の「シエナ」だ。この店は、店舗構造上の事情があり、一年程前に同じ北野町でも「ティファーナ」(メキシコ料理店で、今はない)のあった跡へ移転した。店主の林久仁男さんは、伊料理店を初めて30年になる。昔はファッション関係の仕事もやっていて、副業的に飲食店を持っていた。仕事の関係上、何度もイタリアに行っていたことから伊料理店をオープンしたのだという。当時は伊料理といえば「ドンナロイヤ」や「ベルゲン」があるくらいで、神戸といえどもリストランテばかり。トラットリアはあまり見られなかったのだ。そこで林さんはイタリアで見て来た気軽に食べることができる伊料理店(トラットリア)をスタートさせたのだ。林さんの言葉を借りれば「遊び半分で始めた店」も、気がつけば本業となり、どっぷり浸っていた。初めは料理人に任せてはいたが、結局イタリアを知っている林さんが作ることになってしまった。

DSCF4143「シエナ」の面白い所は、クリーム系のパスタに店名を冠していること。実は林さんは、クリーム系が苦手。でも客側はそれを嗜好するために初めは仕方なく 作ったという。林さんが苦手なものだから、彼のそんな舌で満足できるものをというと、自ずとレベルが上がる。かつてシエナの町(イタリア中部)に行ってい た時に現地で食べたクリーム系パスタをモチーフにクリーム、ゴルゴンゾーラチーズ、くるみを入れてペンネを作った。それが客にウケたことから「シエナパス タ」と店名を冠した名物料理ができあがった。ちなみに今は「シエナパスタ」にはくるみが入っていない。林さんによれば、客はゴルゴンゾーラとクリームがポ イントでくるみはどうでもよかったので今は抜いているそうだ。
「シエナ」は、パスタ・ピッツァが大半。炭水化物ばかりと書いたのに、なぜか通っている。移転したとはいえ、そこには古い店なりの落ち着きがあり、何年も変わる味があるからで、それが逆に店の魅力になっている。変わらぬこともこれまた美徳なのだ。

DSCF3544 変わらぬといえば、「シエナ」と同じ通りにある「バラライカ」も同じ。この店は神戸でもほとんどないロシア料理店である。オープンは昭和26年というからかなり古い。初代店主がロシア人のお母さんが作る料理に惚れ込み、店を開いた。今は三代目が引き継いでいると聞く。同店にあるのは、「ボルシ」(ボルシチともいう)、「ピロシキ」、「カツレータ」(ロシア式ハンバーグ)、「ビーフストロガノフ」。おなじみのロシア料理ばかりだが、この変わらなさが神戸っ子をほっとさせてくれる。ジャガイモ、キャベツ、玉ネギ、人参などといっしょに牛バラ肉を煮込んで作るスープ「ボルシ」は、懐かしい味。牛骨から摂ったまろやかなスープにトマトを加え、酸味を持たせているのでさっぱりしている。このスープに「ピロシキ」を頼み、「ビーフストロガノフ」と「カツレータ」を主菜に一杯飲る。味も形も注文する前から見えてはいるが、このマンネリズムを味わいたくて来ているのだから、それでいいのだ!DSCF3526

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