2017年04月
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 世の中には「かす」と呼ばれるものがある。何かを作った時にできた残りで、その大半は食品として流通しておらず、唯一有名なのが酒粕ぐらい。醤油も同じ発酵食品で、製造工程が日本酒と同じようなものなので、絞った後に粕が残るのだ。世にいう、酒粕、醤油、みりん粕を一同に会し、料理を作ってみてはどうだろう。そんなとんでもない発想に湯浅醤油の新古敏朗さんや神戸酒心館の久保田副社長、「さかばやし」の加賀爪料理長(名料理かく語りき第25回に登場)や幸徳店長がつきあってくれた。題して「かす三兄弟の揃い踏み」、そんなメニュー開発について語ってみよう。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
エッ⁈醤油粕・酒粕・みりん粕が一つの料理に!かす三兄弟が揃い踏みした「さかばやし」の
ユニークメニュー。

残りものだからといってバカにできない

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残りものには福がある_、とはよく言ったもので、期待していなかったものが光ったり、大きなものへ変身を遂げる例をよく見て来た。再三このコーナーで語っている酒粕もそうで、実はきちんと見直してみると、クリームチーズのような役割りを果してくれるのでなかなか調味素材に向いている。
そんなことがわかっただけでも、“酒粕プロジェクト”は意義あるものになったし、おまけに酒粕文化復活の旗を振ったために、関西でプチブームが起こっているのだ。このプロジェクトの牽引役・神戸酒心館では今後も同企画を推進していくようで、蔵内の日本料理店「さかばやし」でも積極的なメニュー開発を行っている。「さかばやし」は、阪神淡路大震災後に明治時代の酒蔵を移築させて造った飲食店で、昔の蔵の趣を今に伝えている。1階の天井が高く、2階が屋根裏部屋のように低くなっているのは、かつてこの建物で酒造りが行われていたから。その昔は大きな酒桶がデンと据えられ、2階で造りの作業をしていたのだろう。この雰囲気の中で本格和食が楽しめるとあってなかなかの評判店。酒蔵の経営だからと、加賀爪料理長も酒粕を使ってのメニューづくりに余念がない。
酒粕はこれまで冬場のものと相場が決まっていた。その特性から身体が温まるのと、昔は新酒が冬に出ていたので余計にそんな印象が強まったと思われる。ところが今は技術も発達し、季節労働者的な杜氏に頼らぬ製造(社員杜氏が造りを行っている)になっている所が多いので夏場を除いては日本酒造りが行われているわけだ。つまり、3シーズンで酒粕が出るという結果になる。「さかばやし」では、そんなことも加味しながら粕汁のような冬場の料理ではなく、オールシーズンに対応した酒粕メニューを提供すると、4月のプレスディナー(マスコミ向け発表会)でぶち上げた次第である。

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では、何を出そうか?私が思ったのは廃物の再生だ。元来、酒粕も日本酒製造の残りで、「かす」と呼ばれている。冒頭の残り物に福があるわけではないけれど、これが秀逸で、灘や伏見では昔から利用し、料理に用いて来た歴史があった。なら、「かす」と付くものを集めてみるのも面白かろうと、みりん製造の残りものであるみりん粕と、醤油を絞った後に残った醤油粕を取り寄せてみた。
みりん粕は、神戸酒心館の隣りに位置する高嶋酒類食品からもらい、醤油粕は当然、湯浅醤油に声をかけた。高嶋酒類食品は、甲南漬のブランドで知られ、奈良漬を造っている。それとともにここで産されるみりんがよく、「高嶋のみりんを使うと他には戻ることができない」と評されているくらい。みりん粕は、大半の人が食べたことがないと思うが、お茶請けに使用するケースがあり、甘みがある。一方、醤油粕は、底にたまった醤油のようで、固形物をかじると醤油の風味が口内に漂う。新古敏朗さんによると、「思ったほど塩分は強くないが、なかなか使いづらく、うちでも粉のようにして塩を振りかけるが如く使っている」そうだ。これが一般流通は皆無で、工場から送られ、動物の餌などに使われている。醤油メーカーがこの廃物利用に乗り出さないのは、醤油を造るのが本来の仕事だからで、それはみりん粕にも酒粕にもいえること。本論に目が行ってしまい、異物混入処理などをしてまで商品化しようとは考えていない。日本酒も同じだが、この業界には酒粕屋なる特殊な流通ルートがある(食の現場第47回参照)ので食品として成り立っている。

三つの粕をクリームチーズと合わせた

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湯浅醤油から醤油粕を、高嶋酒類食品からみりん粕をもらい、加賀爪料理長に渡したら、彼が見事に私のイメージを具現化してくれた。頭に浮かんだコピーは、「かす三兄弟揃い踏み」。団子三兄弟ではないけれど、酒粕、醤油粕、みりん粕を使って一皿で表現したいと伝えておいたのである。
加賀爪料理長が創作し、素材個性をいかしながら作ったのは、各々の粕をクリームチーズと合わせたものであった。「さかばやし」では、これまでプロセスチーズと合わせて酒粕チーズを作っていたが、今回はクリームチーズの方が相性がいいと考えてそちらを選択したようだ。
4月の発表会では、まず素材三つを皿に載せて味わってもらった。このようにしてメニュー化することはないので、これは発表会での演出のようなものと考えてほしい。それからクリームチーズ+酒粕、クリームチーズ+みりん粕、クリームチーズ+醤油粕を一皿に載せて提供した。酒粕はこれまで酒粕チーズで味わっているので珍しくはなかったが、みりん粕と合わせたのはかなり面白い。独特の甘みが加わってスイーツ品になっている。醤油粕は新古敏朗さんが言うように表現が難しい。塩分をどう処理するかが課題だからだ。それでも塩味(醤油風味)の利いたチーズのように仕上がっていた。
神戸酒心館の久保田副社長が遊び心で、三つを混ぜてみた。すると、一風変わった味の酒のアテができあがったのである。クリームチーズと三つの粕を混ぜた一品は、最初に醤油の辛さが舌に来て、みりん粕の甘さがそれを消し、酒粕の特徴で大人の味になるという摩訶不思議な味。これもユニークと、即座に久保田副社長がメニュー化を決定している。

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加賀爪料理長は、醤油粕をふりかけにしている。醤油粕を2時間かけて煎り、当たり鉢でする。けっこうこれがいける味で、酒粕アイスクリームに合う。甘みのあるものにアクセント的役割を果たすようで、食べてみるとなぜかチョコレートのような感じでアイスクリームに香ばしさが加わった。粗めに煎って作った醤油粕に砂糖、鰹節、もみ海苔を合わせたのが前出のふりかけ。白いご飯によく合い、まさか醤油粕でできたとは思わないだろう。当然ながら醤油風味が利いている。この他にフロマージュフレに煎った醤油粕と蜂蜜をかけたものも面白かった。このようにして、かす三兄弟は、「さかばやし」のメニューになって行ったのである。4月4日に催されたマスコミ向け発表会は、好評だった。皆がこれまで口にしたことがなかった醤油粕やみりん粕が酒の肴として昇華されたとわかったからだ。苦労はしたと思うが、加賀爪料理長は天晴れな仕事ぶりだった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい