1 2013年02月素材×調理法、これが美味しい料理の方程式。そのいずれかが正しくないと、答えとなる美食は生まれてこない。今月から連載する「料理人かく語りき」は、私がこれまで取材で出会った人達を紹介するコーナーだ。名料理人と呼ばれる人は、どんなことを考えながら料理と真摯に向きあっているのか。そんなテーマを追求しつつ、美味しい店を案内していく。第1回目は、大阪府日本調理技能士会の会長を務める室田大祐さん。彼に「魯山人」醤油を使わせてみると…。
(閉店)北新地むろ多(北新地) 料理人/室田大祐
(北新地 むろ多店主)
「舌に乗せたとたん、面白いもの
ができると実感した!」
戦後すぐから続く老舗料理店
東北へ取材旅行に出かけた時のこと。山形の某旅館の料理長が、私が関西から来ていることを知り、「大阪では室田さんの名前をよく耳にするが、どんな方ですか?」と聞いてきた。大阪の室田さんとは懇意にしているので、そのことを告げると、その人は和やかな笑みを浮かべ、話を弾ませてきた。
山形で料理談議に花を咲かせた室田さんとは、「北新地むろ多」の主人である室田大祐さんを指す。天保山にある「割烹むろ多」が本店で、「北新地むろ多」はその2号店にあたる。厳密にいうと、室田大祐さんは両店を経営するオーナーで、現役バリバリの料理人。おまけに大阪府日本調理技能士会の会長も務めている。全国の料理人に名が轟いているのも当然で、かなり精力的に日本料理の技術向上に努めている人物だ。
その室田さんに「魯山人」醤油を見せたのは、昨年の初め頃。まだその醤油が世に出ていなかった時期である。有名料理人ともなると、各メーカーが色んな製品を持ち込んでくる。“魯山人”と名のつく醤油ができたとて、初めはその味に半信半疑だったろう。いくらこちらが無農薬・無肥料で原料を作り、昔ながらの製法で醤油を造ったと言っても、流石は職人である、自分の舌で確認するまではその味を信じていなかったようだ。
「北新地むろ多」の小部屋で器に醤油を入れ、室田さんが来るのを待った。襖が開いたとたん、室田さんが発した第一声は、「部屋で醤油をこぼしたの?」だった。ごく少量の醤油からは、それほどの香りが立っていた。甘い香りが特徴の「魯山人」醤油は、このようにして名料理人と出合ったのだ。室田さんはこと料理に関しては真摯に向きあっている。だからいくら知人が持ち込もうと、お世辞なんて一切言わない。その室田さんが、「魯山人」醤油を舌に載せたとたん、「面白い料理ができる」と実感したのであるから、味の良さは推して知るべしであろう。
では、ここで少し室田さんについて触れておこう。室田さんの祖父は、戦前まで天保山で造船業を営んでいた。戦争で鉄が必要となり、軍にクレーンなどを持っていかれたために仕事が立ち行かなくなった。それで戦後すぐに天保山の桟橋の袂で串かつと寿司を出す店を始めた。これが今の「むろ多」の発祥らしい。
2代目室田光弘さんの時代に寿司割烹にして、さらに光弘さんの息子の室田大祐さんが板場に就いてからは趣を一変させ、日本料理を食す割烹として業態変更したのである。室田さんに話を聞くと、「かつては港湾局や海運会社の接待が盛んで、『むろ多』も接待利用が多かったですね。店の前の道が桜通りで、料亭が一軒あり、中堅どころとしてうちの店がありました。船員バーも沢山あって賑やかだったんです」と言う。それがオイルショックなど不況の波が押し寄せ、その上、海運局、港湾局が他所へ移り、いつしか天保山は海遊館のある観光地へと変貌していった。今では昔の名残りを伝えるのは「天保山むろ多」だけになってしまったそうだ。
室田さんは高校を出ると、料理人になるために料亭「南地大和屋」へ修業に出されている。本当はや役者志望だったらしいが、曾祖母の「私が生きているうちは板場へ立ってほしい」との願いを受け入れ、軽い気持ちで「南地大和屋」へ就職した。しかし、そこで出合う料理の数々に芸術性を感じ、その道へ次第にのめりこんでいった。
室田さんの料理の師匠は、「南地大和屋」の総料理長だった鈴木忠英さん。和食一筋の職人と思いきや、一時期、東京で洋食を勉強。その技術もいかし鈴木流の日本料理を完成させた人物である。その鈴木師に室田さんはかなり可愛がられ、薫陶を受けた。そして「料理の極意は五感である」と教えられたそうだ。
「目は色彩や形を楽しむ。手はその感覚から料理を知る。鼻は匂い。口は食べる。そして食べ終わった後の評価を聞くのが耳であると師匠は言っていました。多くの料理人はその耳が抜けている。料理人たるもの、作った料理の評価をきちんと聞くからこそ精進できるのだと言われたのを今でもはっきりと覚えていますよ」と室田さんは話している。
旬を知り、素材にこだわるのが「むろ多」流
「南地大和屋」でみっちり修業をし、鈴木師のDNAを受け継いでいるので室田さんの料理はまさに正統派の日本料理といえよう。形を崩さず、素材感で勝負するのが真骨頂だ。室田さんは良質の食材を求めて色んな所に自ら出向く。特に漁協とのパイプが強く、泉州の田尻港には週に2~3回は顔を出すという。「直接買うことで市場に出回らない大きな渡り蟹も手に入るんですよ。ホウボウも一般的には皮が堅いんですが、新鮮なものが入るためにうちでは造りにできるんです。市場を通すと、釣った翌日の魚になりますが、うちは14時に揚がった魚をその日の夜に出すことができますからね」と胸を張る。室田さんの素材へのこだわりは魚ばかりではない。たとえ同じ種の野菜でも仕入日が違うと、同じ鍋では炊かず、別々の鍋に入れて調理をするそうだ。ここまでこだわると、取材者としては脱帽もの。いい料理を作るのも当然だと思ってしまう。
腕のある料理人は一切隠しだてをしない。だからレシピも気軽に公開してしまう。自信の表れがわかるのが、「北新地むろ多」のカウンター。入店すると、他店には見られない大理石のカウンターが目を惹くのだが、このカウンターには客席側と調理場を分ける段がない。垣根がないばかりか、ほぼ一直線。包み隠すものは何もないと暗に言っているかのようで、食す側は料理人の所作も楽しむことができるのだ。
そんな「北新地むろ多」では、旬の素材を使った本格的な日本料理が楽しむことができる。二十四節器で献立を替えており、同じ月でも初めと終わりでは全く異なったメニューを味わうことができる。
主役になりえる醤油
いつもなら会席料理を味わうのだが、そこは知己の間柄。この日は湯浅醤油が3月23日に再発売する(昨年造ったものは2カ月で売れてしまったので、2013年度版を造っている)「魯山人」醤油を持ち込み、それに合った料理を作ってもらうことにした。室田さんがまず私に作ってくれたのは、「すっぽん茶碗」。すっぽんのスープを「魯山人」醤油であたりをつけて作っている。関西では薄口醤油を多用するのだが、今回は「魯山人」醤油で味つけているので、色は関東風。しかし、見ためほど濃い味ではない。室田さん曰く「この醤油は香り高いためにすっぽんの風味が負けてしまう」のだとか。それほど醤油の香りが高く立ちのぼっている。次に出してくれたのは、「白菜のハイカラ煮」。白菜、天かす、海老があればできるお手軽料理。作り方も簡単で、手間もかからぬために「大和屋」ではまかないで出していたそうだが、それを「北新地むろ多」で作ってみると、お客さんの反応がいいために、今では会席コースの焚き合わせとして供することも多いらしい。要は白菜の煮物だが、天かすで焚いているためにハイカラうどんのような風味がする。
そしてメインは「鶏の鍋」。 こう記したが、実はこの料理に正式名はないらしい。10年前から「天保山むろ多」でやっているもので、お客さんからの注文も多い。「鶏のお鍋」と呼んでいるうちにそのまま来てしまったそうだ。だから気のきいた名はない。この鍋で薄口醤油を使う場合は、薄口醤油が有す塩分をゆるめるのと香りを醸し出すためにカツオを利かせる。だが、「魯山人」醤油を用いると、カツオを利かしてもその香りが醤油の香りに負けてしまう。
今回は「魯山人」醤油のみにしたが、色の濃さが気になる場合は、「魯山人」4:白だし醤油6の割合で作るといいらしい。「鶏の鍋」には、もうひと秘密が隠されている。それは使用する鶏の部位だ。室田さんによると、「一羽で二カ所しか取れない部位を鍋の具材にしている」とのこと。腹の前の身らしく、「企業秘密」として詳しいことを私には教えてくれなかった。ただ食すと、地鶏でもないのに歯応えがいい。
脂もあって肉自体の旨みが実感できる。鶏屋では、これをつぶして他の身と混ぜて売っているようだ。だからこの食感と旨みにはなかなかお目にかかれない。鍋の仕上げにうどんを入れてもらった。
「魯山人」でだしを作っているから、かなり濃い色に仕上がる。まさに関東風といったところか。しかし、味わうと濃くはなく、丁度いい味である。人は見ためで味を左右してしまうことがこのうどんだしを見ていると、よくわかる。
「北新地むろ多」では、お土産として「ちりめん山椒」を販売している。試しにこれにも「魯山人」醤油を用いたのだという。すると、以前のよりマイルドに仕上がった。「湯浅醤油の白醤油を合わせて作ったのですが、まさにいい味になりました。前のも評判がよかったんですが、さらに好評になりましたよ」と室田さんは言う。
室田さんは自身の経験から「魯山人」醤油に高い評価を与えている。「各社とも値の高い醤油を造ってはいますが、それらを買ってきて試す時は、詰まっているかどうか判断するぐらいなんですよ。でも、この醤油は香りやコクが濃い。半信半疑でなめてみた時に『これで何かを作らせて』と思わず発してしまいました」。
私は20年以上、料理の取材を続けている。色んな店に出かけ、話を聞くことが多いのだが、食材を多く語っても調味料に言及することは少ない。厨房を覗くと、決まって大手メーカーの醤油がデンと置かれていたりする。大手メーカーのものが悪いわけではない。
いいものを使っていればそれでいいのだが、店によっては家庭より安いものだったりする。それで味をうまく出すのだから技術といってしまえばそうなのだが、調味料もこだわれば今以上の味になるのも事実。室田さんと話をしていて、こだわるならとことんこだわるべきだと思ってしまった。「あくまで主役になりえる醤油」と言い切った室田さんの料理はかくも美味しい。その裏には素材や調味料の良さばかりではなく、確かな腕があるからだ。時流に流されることなく、ひたすら料理を探究する―、そんな料理人がいるからこそ、我々は“美食”に巡り合うのだろう。
-
<取材協力>
(閉店)北新地むろ多(北新地)
住所/大阪市北区曽根崎新地1-5-8 ピアース8ビル1階
TEL/06-6341-5262
営業時間/11:30~14:00
17:30~22:00
休み/土日祝日(6名以上の予定なら営業も可)
メニューor料金/
桜会席:8,500円
菖蒲会席:10,000円
桔梗会席:13,000円
おすすめ会席:15,000円
※消費税、サービス料は別途
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。