51
夏はタコが旨い。そう考えていたら半夏生にタコを食べる習慣があることを思い出した。昨年から声を大にして訴えている半夏生の復活だが、今年もその時季が近づきつつある。ところが今年はタコが不漁。すわっ、どうしたものぞと思ったが、昨年だけでやめるのも問題があろうと思い、今年もその復活の狼煙をあげることにした。…というわけで今月はタコについて記す。書くといっても今回は、北淡タコとベラのこけら寿司の話。この淡路島の旨いものが、北淡震災記念公園内のレストランにて味わえるのだ。明石にブランドでは押され気味だが、対岸なので漁場は同じ。ならばかなりレベルの高いものが獲れるのは当たり前。初夏にあたって食べて来た淡路島の味についてふれたい。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
漁師が声を大にして言う北淡ダコの味
今年も半夏生の季節が近づきつつある。イースターだの、ハロウィンだのと日本に関わりのないことで騒ぐ前に、我々日本人は日本の文化を大切にせねばならない。そう思って昨年、「神戸酒心館」と半夏生復活の狼煙をあげた。マスコミ向けにその発表会を行い、「さかばやし」(神戸酒心館内の日本料理店)で明石ダコを用いたメニューを7月中提供したのである。それに引き続き、今年も半夏生復活の動きをと、「さかばやし」にて7月の1カ月間明石ダコをメニュー組みしたり、それをテーマにした食事会(旬を堪能する会)を催したりする。
ところが今年はタコが不漁気味だという。5月に行ったところ、淡路島ではその不漁が続いており、「困ったものだ。今年は夏も期待できないのではないか」と富島(淡路市北淡町)あたりの漁師は頭を抱えていた。これは明石も同じであろう。さすれば浜値はグンと上がり、「さかばやし」の加賀爪料理長も仕入れに頭を悩ませるに違いない。
大漁であろうが、不漁であろうが当方は半夏生復活を今年も叫ぶ。はてさて、その時季だけでも豊漁を願うのは、消費側の勝手な思いだろうか。
5月に法事で富島の漁師に会った。早い話がいとこである。富島で長年漁をするいとこによれば、タコは富島か、二見(明石)で獲れたものが旨いらしい。明石はタコや鯛が有名で、明石ダコはすでにブランドになっているが、明石の漁師は大阪湾の方へも獲りに行く。瀬戸内のタコに比べ、大阪湾のタコは旨さでは落ちる。それらがどうしても混ざってしまうので、明石よりも瀬戸内側だけで獲る富島の方がいいと話していた。富島は明石の対岸にあり、漁場は同じ。底が浅く、エサ場として豊富なのでいい魚が揚がる。富島の漁師達は地のものを獲って来てはセリに出す。それが明石浦か、淡路島かの違いだけでものには差がない。なのに世間では明石ダコを評価する、それが淡路島の漁師にはしゃくにさわるのだろう。
近年、淡路島側も“北淡ダコ”とブランド名をつけて売り出そうとしている。私のように長年、富島のタコを食べ続けた者にとっては、その価値はわかっており、旨さも十分知っている。ただタコといえば明石と思っている人も多く、その意味では、北淡で獲れたタコの味を知ってもらうのにブランド化はいいことだと思う。
そんな北淡ダコが味わえるのが北淡震災記念公園にある「レストランさくら」だ。同所は阪神淡路大震災の震源地となった断層を保存した施設。1995年1月17日に、この地から大地震が発生したことを知らせ、この教訓を未来へ伝えるべきと、1998年にオープンした。第三セクターで造ったから、ここは役場の管轄。総支配人を務める宮本肇さんももとは行政の人で、今ではここに専念しているようだ。宮本さんが責任者に就いてから北淡らしい特徴づけを行うようになったと聞く。その一つが北淡ダコの使用。以前からも使っていたのだろうが、今ではそれ以上にブランド化を進めるべく名物料理を作ってPRしている。
タコ足がはみ出した「北淡たこ丼」
「レストランさくら」には、「北淡たこ丼」(1300円)や「あわじ蛸膳」など北淡ダコにスポットを当てたものがある。前者は揚げたタコと煮たタコを共存させた、ありそうでなかったメニュー。後者はタコしゃぶがメインで、そこに天ぷら、小鉢、食事が付く。一人鍋になったタコしゃぶも勿論、北淡ダコを使用。淡路島らしく、地の玉ねぎが入っている。
厨房を任されている料理長は、大阪で修業を積んだ後、地元に戻った人。なので地ものの良さはわかっている。ちなみに彼の下には、田中有孝さんという料理人もいる。実は田中有孝さんは、我が身うち。いとこの旦那さんにあたる(すいません。今回のコラムは、身内ばかり出て来ます)。
宮本総支配人に取材と称して「北淡たこ丼」を出してもらった。この料理は、昨年私が編集した「漁師めし絶品101 関西版」(プレジデント社刊)にも取り挙げたが、なかなかユニークな品である。写真にもあるように丼からはみ出したタコの足は、どう見ても8本以上ある。前述したが、これが天丼風だと面白くない。揚げたタコと煮たタコがともに丼に載っていることに良さがある。田中有孝さんに聞くと、タレをかけるそうだが、このタレが少し甘めでいい。普通、この手のタレはどうしても甘くなりがちだが、それではタコの味が出にくかろうと、少々控え気味で味付けしている。ボリューム感があるので一つたいらげるとお腹いっぱいになる。1300円と少々値がするように思うのは素人考え。地元の漁師達によれば「これだけのものを出したら元が取れない」らしい。「昨年までは1200円だったんですが、このところの不漁で今年からは100円アップしました」と宮本総支配人。やはり魚が獲れないのは、こんなところにも跳ね返って来ている。
宮本総支配人は「魚はすぐ近くの富島漁港で揚がったものを使っています。新鮮な魚介類がリーズナブルに食せるとあって地元でも人気の食事処なんですよ」と教えてくれた。営業は15時迄(土日祝日は~15:30)、夜やってないのが残念だが、予約次第では開けてくれ場合もあるそうだ。
とにかく「北淡たこ丼」がイチ押しの人気メニュー。丼からニョキッと出たタコの足が凄い。揚げたのと煮たのとで個性も違い、味の変化も出てくる。私は交互に食べる派だが、他人(ひと)によっては片方ずつ味わっていく手合いもいる。
「北淡たこ丼」を食べていると、田中有孝さんがもう一品持って来てくれた。これは「ベラのこけら寿司」。この辺りでは家庭料理として有名なものだ。ベラは、関東では外道として扱われ、漁業価値が低い。関西ではそこまではないが、刺身などでは出す店はない。以前、ミナミ(難波)の料理屋でベラの刺身が出て来たことがあった。その時に料理人に出身地を尋ねたら「野島(北淡)です」と言っていた。それくらい店で出る記憶が少ない魚だし、逆に地元では使い勝手のいい魚だ。ベラをこの手の押し寿司にする所は淡路島といえど限られている。「この料理は岩屋から浅野(ともに北淡)ぐらいまで。下(それより南)のベラは、ベチャベチャして美味しくない」と富島の漁師達は話している。宮本総支配人は、この地元のごちそう(家庭料理)をメニュー化したいと一昨年から動いていた。「本格的に始めたのは昨年。ベラの仕入れと安定供給が課題でしたが、浅野漁協に協力してもらい、実現しました」と言う。
ベラを焼いて身をほぐし、骨を取る。この小骨取りが大変で手間のかかるメニューである。ほぐした身を甘辛く煮て、押し寿司にしたのが「ベラのこけら寿司」である。「レストランさくら」では、6貫540円、12貫1080円で提供しており、このベラのこけら寿司に素麺(もしくはにゅうめん)を加えたメニュー(800円)もあるという。
北淡震災記念公園は、年間16万人が訪れ、まもなくトータル900万人に達しつつある。明石海峡大橋を通れば、車で神戸から60分の道のりと、そう遠くはない(北淡ICから車で10分)。過去の出来事を頭にとどめ、先の防災を考える意味でもぜひ訪れてほしい。いや、喰いしん坊諸君は、地元の旨いものを堪能するためにも行ってほしい施設である。