11 2013年12月ホテルは安心して味わえる場所との認識があり、「失敗を避けるならホテルへ行くべき」と言う人がいる。その言葉を裏返して取るなら「ホテルほど無難な料理を出している所はない」となってしまう。大衆の舌を考えると、そうなるのは仕方ないとしても天の邪鬼で、しかも辛口評の私にはちっとも面白く感じないことが多い。それでも、そんな私が面白い!と思う料理を出すホテルが何軒かある。そのひとつが堂島ホテル「花鳥」だ。ここの厨房を取り仕切る小谷正人料理長は、腕もさることながら考え方が面白い。そんな独特な発想法がひとつひとつのメニューになっている。今回は私をして「面白い」と言わせる小谷料理長に少々無理を言って特別な4品を作ってもらった。
(閉店)堂島ホテル日本料理「花鳥」 料理人/小谷正人
(堂島ホテル「花鳥」日本料理統括料理長)
「手を入れると個性が死んでしまう、
そう考えて作りました。
煮つめても辛くならないという
特性にはびっくりしましたよ」
ホテルの階上でこんな光景が眺められるとは…
食の取材をしていると、一年に何人もの料理人に話を聞く。その中で「この人は面白いな」と思う人は、ほんの一握り。さらに「この人とは今後、何かを通してでもつきあっていきたい」と思うのはかなり少ない。長年、取材をしていると、少々のことでは刺激を感じなくなっているのがその原因で、多少のことでは驚かなくなってしまった。堂島ホテルの日本料理店「花鳥(はなどり)」の小谷正人料理長に会ったのは、確か2010年の春だった。話を聞く中で、小谷料理長が「データを読み込むのが好きで、毎日出てくる数字とにらめっこをしては、メニューのことなどを考えているんです」と話した言葉が印象的だった。
データを読み込んだ末にできたのが休日限定のバイキング。オフィス街に位置する堂島ホテルは、接待も多く、ビジネスマンの利用が目立つ。そこで小谷料理長は、一般人の休日利用を促そうと、日祝日に限ってオーダーバイキングを行うことを発案した。ホテルのバイキングは珍しくないが、大半は洋食や中華で、和食でしかもきちんとした日本料理で行っている所は少ない。価格を5800円と手頃に設定し、着席した上で食べ放題とした。これならやたらと立ち歩かないので店の品位も保つことができる。さらに電話予約を入れておけば、通常2000円の飲み放題をサービスしてくれる。かなりお得感があるからだろう、休日はファミリー利用が増えたという。小谷料理長の戦略は、あえて詳しくは記さないが、全てデータの行間に隠されている事象を読み取ったが故のこと。料理は作るが、数字は苦手と言っている職人然とした人が多い中で、小谷料理長は珍しい存在だ。この一点を取っても私には面白く、「今後、知己を得たい」と思った次第である。
さて、ここで堂島ホテル「花鳥」について詳しく述べることにしよう。堂島ホテルができたのは1985年。北新地の口にあり、便利なことから大阪の人なら誰もが知るホテルで、ホテルチェーンではない中堅どころとしては大阪を代表すると言っても過言ではないだろう。2010年からは社名が堂島ホテル株式会社となり、この界隈のランドマーク的に位置づけられるようになった。同ホテルには「THE DINNER」「瑞兆」「花鳥」「堂島倶楽部」と4つの店舗があるのだが、うち「花鳥」は日本料理、寿司、鉄板焼の店である。7階に上ると、まずダイニング風の明るい内装に驚かされる。個室には座敷があるものの、それ以外は日本料理店然としていない。さらにびっくりするのは7階にも関わらず庭園が広がっていること。都会のど真ん中で、しかもホテルの上階でこの景色が眺められるとはまさに意外。木々がそよぎ、庭石が設され、錦鯉が泳ぐ様は都会の喧騒を忘れさせてくれるよう。都会のオアシスとでも呼ぶべき店なのだ。
この「花鳥」に小谷料理長が就任したのはリニューアル後。経営母体が変わり、新しいものを求めているとの声がかかったからだという。小谷料理長は「鳥よし」の永野秀利さんの弟子にあたる。くしくもその永野さんの師匠が桑原さんで、この人は若い頃、北大路魯山人の「星岡茶寮」にいたことがあるそうだ。そうなってくると、小谷料理長も少しは魯山人のDNAを受け継いでいることになる。これは“名料理、かく語りき”にピッタリとばかりに取材を願い出た。
香りも味も丸い醤油
私が「魯山人」「生一本黒豆」の両醤油と「金山寺味噌具だくさん」を置いて帰った数日後、小谷料理長から「面白い料理ができました」との知らせがあった。「花鳥」に出かけてみると、「この日だけ、しかも曽我さんに出すために」と前置きをした上で4つの料理を提供してくれたのである。まず最初は「紅葉鯛の造り」(行った日は11月の某日だったために紅葉鯛が入荷していた)。これは鯛の造りを泡醤油で食すもの。小谷料理長は「魯山人」醤油を初めて舌に載せた時に「これはすでに完成した味になっている」と思ったそうだ。
普通、有名どころの料理人は、メーカーからの醤油をそのまま使わず、他のものと合わせて自身が納得のいく味に変える。だが、「魯山人」に限ってはそんな必要がないと言う。「香りがよく、ツンと来ない。大豆の味の丸さも伝わり、醤油としての仕上がりも丸い。そのまま使うのが一番いいと思って、今日入った鯛を造りにして『魯山人』の醤油を添えて提供したんです」。小谷料理長は、醤油を器に移して出すだけでは全てを使い切らないから勿体ないと思った。そこで考えたのが泡醤油。「これだとかけた時にふわっとするのでうまくフィットするし、醤油が残ってしまうこともないと考えたんです。ゼラチンを溶かして使用してもいいんですが、少し重くなるのを嫌い、あえて醤油だけをエスプーマで泡立てるようにしたんですよ」。 「魯山人」醤油は、他のものと違い、塩角も立っておらず、優しい味なのだが、泡醤油にすることでもっと優しい味わいになる。淡白な白身の甘さを殺すこともなく、造りを美味しく味わうことができる。ワサビを摺るのではなく、桂剥きにしている。針山葵にすることで辛みとともに野菜のシャキシャキ感が伝わり、いつも食べなれた造りとは一味違った風味が生まれている。
2品目は「海老芋、フォアグラ金山寺焼」だ。味噌はオーブンで焼くと香りが立つ。そのためにここでは「金山寺味噌具だくさん」を用いたようだ。海老芋はいったん煮て、次に素焼きする。フォアグラの持つねっとり感と海老芋のねっとり感に金山寺味噌を合わせることで優しい味になるそうだ。「当初は味噌を潰して使おうかと思ったんですが、プチプチした食感が残っていた方が美味しいのではと思い、そのまま使用したんです」と小谷料理長は話している。
3品目の「湯浅茄子と生湯葉の旨煮」には、湯浅町の伝統的食材である湯浅茄子が使われていた。この茄子は、京都の加茂茄子の原型ではないかとの説がある。一時期、作る人がいなくなりかけていたのを湯浅醤油の新古敏朗さんら地元の有志が奔走し、見事復活した。小谷料理長は、せっかくだから湯浅縁りの野菜を使おうと考え、この一品を作ったのだ。俗に大豆は畑のミルクと称するが、これを食べるとその仮令(たとえ)が合っていることがわかる。湯葉を食すとミルクのような味わい。まるで洋食を味わっているような感覚に陥ってしまう。ただそれを和食の域へと押し留めているのは「魯山人」醤油を使用した鼈甲餡かけだ。湯葉の甘みをうまく出しつつも醤油の味で締めている。新古さんによると、湯浅茄子は皮にアクがあるが、身の味はあっさりした甘みを発しているとのこと。この湯浅茄子の特徴をかくも小谷料理長はうまく出しているのかと思い、感心してしまった。
最後は「鼈甲茶漬け」。これは生姜を醤油の中で煮つめ、スライスして茶漬けの具材として使っている。「魯山人」醤油と酒を合わせ、少し塩分をつける意味で10%ほど「生一本黒豆」醤油を加えた。そこへ塊のまま生姜を入れて煮るのだが、だましだまししながら煮込んでいくのがミソ。煮込んでいくと、生姜から水分が出てくる。本来は弱火で行うものを、これは1~2回鍋を火からはずし、温度が下がったらまた火にかけるという手法で煮つめている。小谷料理長がその手法を用いながらびっくりしたのは、いくら煮込んでも「魯山人」醤油が煮詰まって辛くならない点だった。「いくら煮つめても濃くならないです」といいながらその鍋の中にある醤油を持って来てくれた。それを味見すると、生姜の風味が醤油に溶け込み、甘みも増して旨くなっていた。「これを造りに添えてもいいですね。この醤油を使用したらまた別の料理ができますよ」と評すと、小谷料理長は「さらにこの醤油の良さがわかりました」と感想を述べてくれた。
小谷料理長は、よくフォアグラ醤油をよく作るらしい。「試しに醤油を替えて作ってみたのですが、『魯山人』を用いたものは辛さが全く違っていました」と言っている。前述の「鼈甲茶漬け」も醤油が変わると、かくも味が異なるものかとさえ思ってしまった。「魯山人」「生一本黒豆」の両醤油を用いたそれは、煮込んだ生姜が主役になっている。本来脇役であるはずの生姜で十分お金が取れる一品に仕上がっていたのだ。
言い忘れていたが、小谷料理長はかなり頭のやわらかい人だ。固定観念にとらわれず、面白いと思えば洋や中華の手法も取り入れて調理する。しかし、その幹は日本料理にあり、それを曲げてしまっては、芯のない創作料理になってしまうと話している。ベースを伝統的な和食に置き、所々にいいものを取り入れる――、そうして小谷流の日本料理が出来上がる。そんな真髄を今日は垣間見たように思えた。
「今回金山寺味噌を使ってみて、丸くて深い味にその良さを再認識しました。初めは魚の味噌漬けになんて安易に考えてたんですが、味見していくうちにそんな使い方をしたらこの味噌に悪いと思うようになったんです。『海老芋、フォアグラ金山寺焼』の時にオーブンで7~8分火を入れたんですが、香りが立ち、味噌の中に使っている野菜の味をいかすことができました。焼かなくてもコクがあるんですが、火を入れることでもっとそれが出る――、そう思って使用しました。丁度いい旨みになりましたね」と振り返っていた。腕のいい人ほど、いい調味料や食材を与えると、目を輝かせる。そんな一瞬を小谷料理長の顔に見た。私は堂島ホテルの「花鳥」を称して意外性のある日本料理店と表現している。ホテル7階にあるのに庭園があるのもそのひとつの要因だし、日本料理店然としていない内装も要因ではある。しかし、改めて思うことは、一本の芯がないと、それが評価基準にないということ。そんなことを思わせてくれる小谷料理長の4品であった。
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<取材協力>
(閉店)堂島ホテル日本料理「花鳥」
住所/大阪市北区曽根崎新地1-7-12 堂島ホテル7F
TEL/06-6341-3042
営業時間/11:30~14:00LO
7:00~21:30LO (土日祝は~21:00LO)
休み/無休
メニューor料金/
ランチコース 3800円~15000円
ディナーコース 6000円(ミニコース) 9000円~20000円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。