58 2018年01月 かつて奈良はグルメにとって鬼門だった。同じ古都でも京都に比べて旨いもんがないなどと揶揄された時代があり、マイナスイメージがつきまとっていたのだ。ところが最近は、京阪神の繁華街に負けないどころか、それを凌ぐ名店が現れて、古都のグルメを活気づけている。その代表ともいうべき店が「akordu(アコルドゥ)」だろう。同店は、本場スペインで現代スペイン料理に触れた川島宙シェフが営んでおり、その一品一品といい、瀟洒な建物といい、高いレベルを放ちグルメ達を魅了している。今回はそんな「アコルドゥ」にお邪魔し、醤油や味噌を用いながらも現代スペインらしい三品を作ってもらった。
アコルドゥ 川島宙
(アコルドゥ オーナーシェフ)
「しょうゆもろみは、嫌みのない味
で、甘みとのバランスがいい。
コクがあってキャラメルのような
風味を持ち合わせています。
その味をストレートに表現するの
が私のテーマ。デザートに用いた
ら面白い一皿が出来上がりました」
現代スペイン料理とは…
奈良は京都と並んで人気のある観光地。歴史を有す町づくりは、訪れる人の心をなごませてくれる。東大寺や奈良公園の近く、依水園のすぐそばに佇む瀟洒なレストランが奈良グルメの話題を独占しつつある。同店は、店名を「akordu(アコルドゥ)」といい、川島宙シェフが営むスペイン料理店である。県庁東の登大路町交差点を折れ、依水園に行くまでの道に建っている。あまりにオシャレすぎて、店名も小さめの表示なので初めはわかりにくかったが、奈良の人に聞くと、「なんの、なんの、奈良ではかなりメジャーなので迷う人はいない」そうだ。
川島シェフは、東京の「西洋銀座」を皮切りに西洋料理の世界に入っている。その後、関東や関西でいくつかのホテル・レストランで働き、「西洋銀座」の時の師匠・中村聖さんを慕って「京都センチュリーホテル」へやって来た。かつての恩師の下でもう一度勉強したいというのが移籍理由。京都で4年程働いた後に独立しようと考えていた。ところが中村師から「まだ早い」と諭され、スペイン留学を果たすことになったそうだ。「ムガリツ」へ行きたくて三日でA4四枚の手紙を認(したた)めて送ると、意外にもあっさりとOKの返事が来たという。川島シェフがスペインで出合ったのが現代スペイン料理というジャンル。それまでフレンチの王道を歩んでいた彼がその魅力にとりつかれ、あっさりと方向変換をしてしまった。それも古くからあるスパニッシュではなく、現代スペイン料理。スペイン料理さえ定義づけが曖昧なのに、その現代版とはこれいかにと、どんな料理を指すのかを川島シェフに聞いてみた。すると「スペイン料理は、地方料理の集合体。その地方ごとの素材などを使って自由な調理をするのがこのスタイル。スペイン料理をいったん分解して再構築したものとでも言いましょうか」と分かりづらい。さらにきちんと話を聞くとこういうことである。フレンチは、どうしても一つにまとめたがる特徴を有すが、スパニッシュは外に要素を出す嫌いが強い。例えば、一つのサラダでもソースがかかっている所とそうではない所は味が違う。フレンチは均等に味付ける傾向があり、この料理はこうあるべきとはっきりしているのに対し、現代のスパニッシュは曖昧模糊。皿にパーツを載せていくと、味は所々で変化する。それが特徴的だとの話であった。70種のハーブや花が入る料理があるが、もう一度それを食べても以前とは異なってしまう。そんな自由さを現代スペイン料理は持ち合わせており、かえってそれが魅力として伝わっているに違いない。
「アコルドゥ」の料理は、地元のエッセンスが入っている。けれど川島シェフは「地産地消がテーマではない」と言い切っている。「身の周りもひっくるめていい生産者が奈良にいるから使うだけ」だそう。そして農家の生き様も含めて料理内で表現したいようだ。同店には2階フロアに50席のスペースがある。そこで結婚披露のパーティを開く人が多い。川島シェフは、新郎新婦の出身地を聞いて、そこから素材を取り寄せたりして、彼らのストーリーに合わせた料理に仕上げていく。そんな心憎い料理演出がファンを増大させている要因でもある。「料理は自叙伝でもある。何年後かに料理写真を見せるだけで『これは川島の料理だ』と言ってもらえるほどにならなければいけない」と話す。川島シェフは固有名詞ではなく、普遍的テーマから料理を考えることが多いそうだ。聞けば、聞くほど詩人のようであり、そこに素材や調理法のエッセンスが加わっていき、映画のシーンのようにメニューが完成する。その思考方法は、詩的タイトルの多いバーテンダーのカクテル発想術と似ていると思ってしまった。
川島シェフは、スペインから帰国後、2008年に奈良の富雄で店を構えた。彼自身は東京人なので、奥さんが奈良出身という以外は奈良に出店する理由はない。たまたま富雄に物件があったのと、同じスパニッシュの「カ・セント」(神戸)などとかぶりたくない気持ちもあって奈良を選んだそう。これが功を奏したのかもしれない。一躍、奈良の有名店になってしまった。
ところが好事魔多し。富雄のビルの老朽化問題が噴出し、出なければならなくなった。「ドノステア」(2013年に大阪・中之島ダイビル内にオープン)があったものの、二年間の準備期間を余儀なくされ、2016年12月にこの地で新たに店を開いたのである。
和の調味料が現代スペイン料理にうまく融合
さて、私は現代スペイン料理の旗手に湯浅醤油と丸新本家の商品を手渡し、新たな料理に考えてもらったのである。川島シェフが用いたのは「生一本黒豆」と「白あえみそ」「しょうゆもろみ」の三品。これがいかに現代スペイン料理に使われるのか見ものであった。
まず出て来たのは「アマゴと白あえみそのミルオハ 白あえみそのエア」。ミルオハとはミルフィーユと同じ意。アマゴは小さい時は淡泊だが、大きく成長するとマスと同じでサーモンの味に似て来る。そのアマゴをバルサミコ酢をつけて炙っている。アマゴの下に「白あえみそ」を敷き、エア(泡)にもそれを使っている。「白あえみそにミルクを合わせて泡状にしました」と言う。みそを用いているから、全体を食べてヌタのような和のエッセンスを思い浮かべればと思って作ったそうだ。「この味噌は、甘みが穏やかで酸味とネギと合わせるとヌタのようになると思ったんです。それをエア(泡)で食すと、ミルクが包み込むような感じに伝わるはず」と語っている。さらににんにくマヨネーズソースが加わり、複雑な味になっていく。こんな点がシェフの言うスペイン料理なのだろう。
二品目は月日貝(和歌山で揚がる貝で新古敏朗さんの友人の中井さんが送って来た素材)を使った一皿。この貝はホタテ貝より歯切れがよく、少し炙っており、下が生感覚、上が火が入った状態で出て来ていた。そこに大和肉鶏のレバーペーストと、芋・玉ねぎを載せ、貝の下には大和橘の山椒が_。そして醤油(生一本黒豆)とオリーブ油で調理したトリュフオイルが散りばめられている。「生一本黒豆をなめた時に肉の印象が頭を過(よ)ぎりました。旨みの入り方が肉に合うように思ったんです。この醤油は魚は勿論、肉や野菜にも合う、色んな要素を持っています。ならばすべてを一皿に入れて表現しようと考えました。月日貝(魚介)、鶏のレバーペースト(肉)、酸味でマリネし、刻んだ玉ねぎ(野菜)があって、さらにワサビと同じような使い方でトリュフがある_、そんな一皿なんですよ」。
最後のデザートは、「しょうゆもろみ」を用いたもの。「しょうゆもろみ」、はっさくの皮のコンポートの上にサワークリームを載せ、その上にほうじ茶のジェラートを置いている。一番下に散りばめているのがアーモンドパウダーにグローブとシナモンを入れて軽く焼いたものである。「この一皿は、料理とデザートを繋ぐものとして考えています。柚子味噌焼きのイメージがついたら面白いと考えたんですよ」。茶色の香がお茶と似ており、昔よく食べた純露飴とも似ている。川島シェフは、ほうじ茶の香りと合わさったらと思って中にはっさくのジャムを入れたと説明していた。この一品は実に面白い。口に入れる量によって味の印象が変わっていく、まさにシェフのいう現代スペイン料理であった。
「今回は、調味料自体をあまりさわらず、ストレートに味の表現を行いました。うちはあくまでスパニッシュなので、和の印象を強めるわけにはいきません。でも脇役として使うならよく、食べた時にうまく和のエッセンスが伝わればいいと思ったんです」。そう川島シェフが語るようにヌタのような味わいであったり、醤油の使い方であったりと、和の印象が少しずつ伝わって来たのは事実。そんな上手い用い方もさることながら、これが川島シェフの言う現代スペイン料理なのかと実感できたことの方が大きかった。そこに和の調味料がうまく脇役を演じていたのだからびっくりさせられた。
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<取材協力>
アコルドゥ
住所/奈良市水門町70-1-3-1
TEL/0742-77-2525
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営業時間/12:00~13:00LO、18:00~19:00LO
休み/月曜・不定休
メニューor料金/
昼 コース 6500円(税サ別)
夜 コース 13000円(税サ別)
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。