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いつの頃か、食材がブランド化した。ファッションやモノならブランド品の方が確かかもしれないが、食材をそれにあてはめるのは何となくおかしい気がする。殊に農業は土地よりもそれを作る人に重きをおくべきで、メジャーな産地の熱心ではない農家が作ったものよりか、マイナーな地でもこだわりとやる気のある人が育てた野菜の方が旨いに決まっている。今回は農業と似ても似つかない神戸の地の野菜にスポットを当てることにした。神戸市内の苺農家とJA兵庫六甲の人の話を聞きながら食材のブランドって何なのかを問うてみたくなった。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
近くの鮮度ある野菜の方がいいはずだ!
神戸市西区には、甘い苺が実っている
神戸というと、農業・漁業のイメージが薄い。中華料理や西洋料理、スイーツには秀でたものが沢山あるが、そのもととなる素材(食材)となると、地場のものではなく、他所のブランド食材を使っているのが大半だろう。最近、色んな絡みで行政の人とつきあっていると、神戸産の野菜や魚介類をPRしてほしいと頼まれることがよくある。飲食店でも話を聞くと「神戸産の野菜はあなどれないんですよ。西区なんて春菊などいい葉物が穫れますし、神戸トマトなるブランドもあるくらいですから…」との答えが返って来た。
行政が要望したり、飲食店側が認知し始めているように神戸ではそれほど第一次産業が盛んなのだろうか。そんなことを考えていたら兵庫県神戸県民局の人が神戸の第一次産業を見に行くバスツアーを組んでくれた。ツアーといってもそんな名のついた観光バスツアーがあるわけではない。私や飲食店店主、量販店の食品担当者向けに特別に仕立ててくれたものである。巡る地は神戸ワイン城前にある野菜の直売所、西区押部谷の苺農家、垂水の神戸市漁協の三つ。仕事とはいえ、何となく大人の遠足といった感じで出かけてみた。
JA兵庫六甲の西村洋平さんによると、神戸ではすでに二郎苺がブランドとして有名だが、西区のものも負けず劣らず美味しいとのことだ。押部谷はその名の通り、“谷”なので寒暖の差があり、その温度差で苺は甘くなる。最近は採るのが楽ということもあって棚を作ってその上で育てる高設苺が主になっているらしいが、私が訪ねた二軒はハウス内の土で育てたいと、それを嫌っていた。その農家の人は「土で育てた方が根がしっかり張るんです。採るのに少々骨は折れますが、高設のものよりいい苺ができるんですよ」と話してくれた。それらの人達が作っているのは「紅ほっぺ」「秋姫」などの品種。前者は香りがよく、糖度が乗っているため、ケーキに特に向くらしく、後者は酸味が少なく甘いので直売所向きだそうだ。
苺農家もたまには訪ねてみるもので、ハウス内で作っていることは知っているものの、このように間近で見ることはない。よく見ればハウス内を蜜蜂がブンブン飛んでいる。どうやらこの蜜蜂にはレンタルシステムがあるらしく、花がつき始めると、苺農家がそれを借りてくる。そして蜜蜂たちが苺の花の蜜を集めてハウス内の巣箱へ届けるのだ。これが露地ものだと、レンタル蜜蜂は使う必要がなく、自然の蜂がどこからともなく飛んで来て蜜を集めていく。レンタル業者は蜜蜂のレンタル代をもらうは、苺の蜜がただで入るはで、さぞ得しているだろうと思っていると、JAの人から「苺の蜜はさほど旨くないので売れないんですよ」と囁かれた。
かつて苺は5~6月頃が旬だったと思うが、それが今では2~3月にピークを迎えている。ハウス栽培でないと、やはり5~6月になるようで、今では品種改良で低温に鈍感なものができるようになったために早くから旬を迎えているのだそう。現に神戸でも9月に苗を植え、1~2月に採取する。苺は日が短くなると花ができ、やがて実をつけるようになる。昔は酸っぱいものが当たり前だったが、今の人はより甘いものを好む傾向にある。だから「とちおとめ」や「とよのか」は人気があり、さらに甘みの強い「あまおう」はヒット作になっている。「とちおとめは果肉もしっかりしており、潰れにくいのでスイーツ向き。でも和菓子に用いるなら甘いだけより酸味のあるものの方がいいでしょうね」と押部谷の苺農家・中西幸美さんが教えてくれた。中西さんはご主人が亡くなってから一人で作物を育てているらしく、そんなに大きな商売にはしていない。朝4時から苺を採り、一日20パックぐらいを直売所のみに出荷する。それでも彼女の評判を聞きつけた消費者がやって来て、すぐに売れてしまうのだという。
筍は時間が勝負の食材
JA兵庫六甲の西村さんは「苺だけでなく、神戸の筍もなかなかのものなんですよ」と語る。筍といえば、やはり有名なのは京都産。長岡京や西京区の竹林から採れるものはブランド食材となっており、有名料理店がこぞって仕入れて行く。京の朝掘り筍と聞けば、生唾が出そうなほどで、炭火で焼くと、実に旨く、グルメにはかなりのごちそうとなる。全てを否定するわけではないが、この朝掘り筍のフレーズは少々疑ってかかる必要があるかもしれない。京都や大阪の料理屋で京都産のそれを食べることは可能だが、よく九州や四国のものを持って来ているのに“朝掘り”と称していることがある。いくら流通が発達しているとはいえ、なかなかその日のうちに入荷することは難しい。つまり地方のものは鮮度が少々落ちてから店に入っていることになる。前述の西村さんの話では「神戸産の筍なら朝掘りを食べるのも困難な話ではありません」とのこと。筍は土から頭が出るか出ないかのものを採る。採ったものを置いておくと、必然的に水分が出てくる。売り場の温度にもよるが、8時間後には水分が出始めるらしい。その量たるものや凄く、筍を袋に入れておくと夕方には水でタプタプになるくらいだという。水分が抜けてしまうと、筍は瑞々しさを失い、堅くなる。いかに時間が勝負の食材がこの話でわかるだろう。
神戸は京都のように筍専用の山というのが存在しない。だから他の作物を手がける人が自分の敷地内(山)に生えたものを採って来る。それをJAが集めて直売所などで売っているのだ。A級ブランドではないので出荷してもスーパーや八百屋では十把一絡げ状態で他地のものと合わせて売られてしまう。「これでは鮮度で勝負したくても話にならない」と西村さんは話していた。そこで私は本物の朝掘り筍を、新鮮な状態で調理してもらおうと、神戸市東灘区にある神戸酒心館「さかばやし」で仕入れてもらうことにした。JA兵庫六甲では、この日本料理店のために神戸の筍を集めて来て、店まで届けてくれるという。そこまでしてくれるならまぎれもなく、本物の朝掘り筍が店で出せる。仮りにそれを焼き筍にしたらどうだろうか。JA兵庫六甲の西村さんも同店・加賀爪料理長も「これなら甘~い筍が味わえます」と声を揃える。若布と煮る若竹煮もいいが、焼筍ほど素材の味をシンプルに楽しめるものはない。遠くのA級ブランドをありがたがって求めるより、ブランドになっておらずとも近くにいいものが沢山ある。鮮度が料理の課題というなら近くのものを求める方がいいに決まっている。今回のバスツアーと農家の人の話は、そんなことを教えてくれた。(文/曽我和弘)