71 2019年02月いつもなら私が食べたスペシャリテを記事にしているが、今回は少し趣が異なり、1月3日に行った「水曜日のオルタナ。」の湯浅醤油デーをレポートする。このコーナーの取材を「カフェ・トキオナ」の谷野恵子さんに申し込んだところ、水曜日だけ存在するカレー店(水曜日のオルタナ。)で、湯浅醤油の商品を仕入れて一日だけのその料理のフェアをやってみたいと逆提案を受けた。「水曜日のオルタナ。」は、白柳香代子さんが「トキオナ」の定休日を利用して週に一日だけ開いているカレー屋さんだ。その話が早速、まとまり、カレーをプロデュースする三嶋達也さんをも巻き込んで一日だけのカレーづくりが始まった。さて、三嶋さんは同店にどんな新風を吹き込んだのだろうか。いざ、ご覧あれ。

水曜日のオルタナ。 三嶋達也
(水曜日のオルタナ。カリー用心棒)
「生一本黒豆は、透明な深海をも彷
彿させるような醤油。濃くしても
嫌な味にならず味が澄んでいます。
雑味のない、柔らかな味で、醤油
の上品さが感じられる一品として
カレーで表現してみました」

週にたった一日だけ存在するカレー店

 

DSCF1023DSCF1026

毎週水曜日に行列ができるカレー屋が天満にある。天満といっても天満市場があるJR天満駅界隈ではなく、この店は京阪天満橋の対岸、大阪天満宮からも近い天満2丁目に位置している。なぜ水曜日に行列ができるのかといえば、その理由は店名に表れている。白柳香代子さんがカリー看板娘を務める「水曜日のオルタナ。」は、大阪でよくある軒貸しスタイルの店。普段はこの場所は「cafe Tokiona」(カフェ・トキオナ)が営業しており、谷野恵子さんが運営するBATONグループの一店舗なのだ。それが2017年の夏から週に一日だけ別店舗になって営業を続けているには事情があった。
そもそも白柳さんは、福島でカレー屋を開いていた。けっこう評判もよく、流行った店だったそうだが、とある事情から頓挫し、閉店を余儀なくされた。
そんな白柳さんに助け船を出したのがBATONグループの谷野さん。「カフェ・トキオナが水曜日に休むので、それを使えばいい」と声をかけたのだ。つまり、軒貸しの店舗である。大阪にはこの手のスタイルがよくあり、多いのは夜しか営業しない店の昼食タイムに別店舗が入るケース。北新地にはそんなパターンがよく見られ、特にバーなどに多い。白柳さんが営むカレー屋もそんなパターンにうまくはまり、営業がスタートすることになった。普段はカフェだが、定休日となっている水曜日はカレー屋になる_、だから店名を「水曜日のオルタナ。」と名づけている。

DSCF2161DSCF2149

同店は副題に"ニッポンカリー"とある。これでもわかるように"和"がテーマとなっているのだ。定番商品の「オルタナカレー」は、だしベースのキーマカレー。削り節に昆布、いりこで和だしを作り、そこに濃いめの白湯スープをブレンドして、スパイスを加えていく。スパイスはコリアンダー、カルダモン、チリーパウダー、ターメリックなどで実にシンプルなものばかりだが、ここに日本のだし文化が加わることで独特の味になるようだ。よくある和風カレーと違って他にはないジャンルになっており、個性的な風味を醸し出している。そんなカレーをプロデュースしているのが三嶋達也さんだ。三嶋さんは、この店を直接運営したり、ここで働いているわけではなく、趣味が高じてカレーづくりに携わるようになった。自身の言葉を借りれば「カレー用心棒的な存在」らしい。彼はカレー通の中では有名人で、「口癖はカレー」なるFacebookを持っている。このSNSにはカレー好きが集まっており、時折りカレーのイベントなどにも関与することがある。一時期、三嶋さんは三重で働いていたことがあった。単身で赴任したので食事を自分で作らねばならず、カレーを毎日のように作っては食べることで、いつしかカレー作りにもはまっていったという。カレーの食べ歩きから次第に自分の味を求めるようになり、スパイスを買い込んでは作る日々が続いた。オーソドックスなインドカレーの作り方を踏襲しつつも日本らしいカレーの味へと踏み込んでいくようになったそうだが、その結果として「オルタナカレー」に行きついた。ここでのカレーはルウではなく、スパイスから作る本格的なもの。ただ、関西は旨みのベースがないと頼りなく感じてしまうようで、和だしをそこに持ち込んだ。「日本は多国籍料理の文化で、色んな国のものが影響しあって今の日本の料理を形成しています。そんな事を考えていたらキーマカレーに和だしがあってもいいのだと思うようになりました」と三嶋さんは、ニッポンカリーに行きついた理由を教えてくれた。

DSCF2157DSCF1035

名物「オルタナカレー」は、さらりとしたカレーで、口に入れた時はそれほどではないが、段々と辛さが迫って来る。某客は「常習性が高い」と言い、クセになる味と表現する。和だしベースといってもそんじょそこらの和風カレーとは一線を画したもので、インドカレーなのだが、だしがあるせいか、なぜか日本人に親しみやすい。面白いのは、具材に高野豆腐が使われていること。「豆腐を入れているカレー屋があってそのヒントからうちでは高野豆腐を使っているんです。昔ながらの乾物を見直したいと思ってそうしました。含め煮の印象から噛んだ瞬間からだしが口内に広がるように設計しています」と話す。まさに"ニッポンのカリー"なのである。
「水曜日のオルタナ。」は、単にカレーだけを出している店ではない。日本のおかずカレーを意識しているらしく、カレーで一杯飲ってもらおうと、夜は日本酒を揃えているのだ。銘柄は白柳さんが選んでおり、「ヨー子」や「三井の寿 ネーベ」などマイナーなものが主。「味は勿論のこと、ネーミングやラベルの面白さも加味させてラインナップしている」とのことであった。昼は「オルタナカレー」(850円)と「今週のカレー」(950円)、その二つを一皿に持った「あいがけ」(1100円)があり、トッピングにとんかつ(みそソース)、パクチー大盛り、温泉玉子などがある。いわゆるカレー屋さんだが、夜は若干のつまみも用意し、日本酒片手におかずとしてのカレーを楽しんでもらうとのコンセプトになっている。

ニッポンカリーだけにうまく醤油をつかって…

 

DSCF1027DSCF1042DSCF1048

さて、そんな「水曜日のオルタナ。」が、1月23日に湯浅醤油デーを開催してくれた。「名料理、かく語りき」の取材を持ちかけたら「いっそのこと、その日を湯浅醤油や丸新本家の商品を使ってメニューを作りましょうか」との逆提案してくれたのだ。同店は"ニッポンカリー"を自負するだけに味噌や醤油を用いることが多々ある。それをこの日だけは、湯浅醤油・丸新本家の商品にし、新たなカレーを創出させようとしていた。
1月23日の午前中に出来映えを確認するのに出かけたが、オープン1時間前だというのにすでに待っている客がいた。この日のカレーは、定番の「オルタナカリー」と「湯浅『生一本黒豆』醤油仕立ての寒ブリ大根カリー」(1200円)の二品。当然、その「あいがけ」(この日は1400円)もある。定番のカレーは、いつものように削り節、いりこ、真昆布を合わせただしと、濃厚鶏白湯スープを合わせ、和だしを作っているのだが、今回はここに丸新本家の「赤みそ」を使用してキーマカレーにしている。三嶋さんは「オルタナカレー」には隠し味として味噌を用いていると話していた。それが丸新本家の商品に代わったわけだが、同じ「赤みそ」を用いることで柔らかい味になり、さっぱり感が出たと表現していたのだ。隠し味なので食べた人はそれほどわからないだろうが、作り手としては、いつもの塩気の強さがない分、後味がさっぱりしてくるのだろうと感想を述べている。「塩気やパンチがあると、ケンカするので丁度いいバランスの味になった」と説明していた。片や今週のカレー(湯浅「生一本黒豆」醤油仕立ての寒ブリ大根カリー)の方は、この日のために考案されたメニュー。鳥取産の天然寒ブリと大根をじっくり煮込んだブリ大根をカレーの具材に使用している。同店では「ブリ大根でありながらカレーであるというご飯をお代わりしたくなる最強のおかず」と謳って売っていた。このカレーは、湯浅醤油を用いたブリ大根がポイント。三嶋さんは以前から冬の旬のうちにブリ大根をやろうと考えていたようで、ここに「生一本黒豆」が来たことで挑戦意欲をかきたてられたそう。「湯浅醤油は、憧れのような調味料。使いたくてもコストがかかるからやらなかったのですが、丁度『カフェ・トキオナ』から今回の取材の話をもらい、渡りに船とばかりに飛びつきました」と三嶋さん。「生一本黒豆」の味が、理想のブリ大根づくりを後押ししたようだ。この日のブリは天然のもので、刺身用をあえて買って来た。「生一本黒豆」、みりん、酒、きび砂糖と水(あえてだしは用いない)で煮て、ブリ・大根・醤油の旨みを引き出したそうだ。「三つの旨みをコトコト煮含ませて身が崩れないように落として蓋をして煮込んで行きます。それとは別にマサラベースに野菜を入れて煮込み、カレーのペーストを作ってだしで延ばします。カレーのソースができたら先程のブリ大根を加えてさっと混ぜ合わせて完成させるのです」。醤油が利いたブリ大根にカレーのスパイスが入って、摩訶不思議なブリ大根とカレーが融合した一品が出来上がる。「カレーの中でブリ大根を煮込んでしまうとこの良さが出ません。せっかくいい醤油を用いて作ったブリ大根なので、その完成度の高さを残したいと思って別々に作ってから合わせたんです」。ブリ大根は、調味料がほぼ「生一本黒豆」で、その旨みを上品に表現している。だからコピーにあった"最強のおかずカリー"ができたと思われる。

DSCF1032DSCF1039

最後にこのカレーを考案した"カリー用心棒"の三嶋さんに「生一本黒豆」の感想を聞いてみた。「この醤油は雑味がなく、たとえれば透明な深海のよう。味が澄んできれいです。濃くしても嫌な味にならず、強(きつ)くならない。かといって薄いのではなく、深みを持ちながらも柔らかい味なんですよ」。どうしても醤油を主の調味料に定めてしまうと、辛すぎる嫌いがあるらしいが、「生一本黒豆」はそうならないと断言していた。味がしっかりしているが、舌に残らない_、そんな特徴を想定してあえてブリ大根をカレーにしたようだ。ちなみにトッピングにと用意したうずら玉子も湯浅醤油を用いて作った。こちらは「九曜むらさき」と燻製風味の調味液がベースになっている。うずら玉子を一晩浸したらしいが、「独特の深みが出た。他の醤油ではこんなきれいな色に漬からず、この味も出ない」と三嶋さんは評していた。

  • <取材協力>
    水曜日のオルタナ。

    住所/大阪市北区天満2-4-8 NACビル1階 (同ビルは取り壊しが決まっているため、「カフェ・トキオナ」ともども春以降は南森町界隈に移転する予定になっている)

    TEL/06-6355-1117

    HP/ facebookはこちら
    Instagramはこちら


    営業時間/11:30~15:00 18:00~21:00

    休み/水曜日以外の日

    メニューor料金/
    オルタナカリー 850円
    今週のカリー 950円
    あいがけ 1100円

    【トッピング】
    パクチー大盛り プラス100円
    とんかつ(みそソース) プラス500円
    辛増!!柚子胡椒キーマ  プラス200円
    うずら プラス100円
    生たまご プラス100円
    温泉たまご プラス100円


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい